[携帯モード] [URL送信]

短篇
サクサク-2
ろくでもない場所に来てしまったという後悔よりは、まず人間が感じてしまったのは違和感であった。
中学校からの幼馴染である犬人は夏になればさっぱりして、冬になればもこもこになるのが普段であったのに。今からの季節にバイトをやっている者は人間以外は全員が獣人で。
おまけに、全員の体毛がやたらと短いのだ。用具置き場の部屋でやっている事が直接見ていない以上、見て見ぬふりも続けられていた。興味を持ったら最後だ。そんな気持ちで。

「いやあ悪いなぁ!こいつのケツがもっとヤっていたいって言うもんだからよぉ!」
「ちょっ、先輩もそんな事言わないで下さいよぉ!普段からずっと瘤だけは入れるなって言ってるじゃないですかぁ、吐き出すまで時間掛かるんだから……」
「だってお前のケツが離さないんだもんなぁ!そっちの人間もコイツのケツが欲張りだからって言ってくれよ!」
「……はあ、っまあ…そうっ、なんっ、ですけっ、どっ…っ……」

全力でやっている事を語られる事は、セクハラに該当するものだと思う。思うんだけど直接的な被害者というか相手が照れ笑いを浮かべている以上人間の方が強く出るのも何かおかしい気がする。
幼馴染の犬獣人とは異なり、全身を黒と茶色で色分けされた短い毛並みの犬人が豪快に笑いながらばっしばっしと人間の背と尻まで叩いて来る。素直に痛いが大柄な身体には血管のほとばしる筋肉が剥き出しだ。
あの幼馴染とは住む世界が分かると即座に分かる様な見た目に、やたら幅広いデッキブラシを扱う姿に人間は舌を巻くしかない。仄かに漂っている匂いは、まだ塩素臭だと信じられる。もしくは何かの洗剤。

「ほら、先輩強く叩き過ぎですよ!すいません、うちの先輩本当にちょっと加減を知らないって言うか……ねえ?」
「言ってくれるなあっ!そっちだって盛り加減を知らないってえ奴じゃねえか!」
「だって先輩があれだけ突っ込んでくれるんですもん、そりゃああなりますよ!穴だけに……ふふっ」
「いや、それは無えわ」「えぇっ!?」

物凄い仲の良い糞に気を漂わせている、黒犬人の隣では獅子人がシャレを指摘されて露骨に驚いている。面白さに関しては人間も犬人と同意見だ。くだらないからといって笑うのはむしろ失礼な気さえする。
そんな事より。そんな事より?まだ確証が持てない以上何か声の出る真っ当な行為をしていた可能性は残ってる筈なのでそんな事より。
一般的な獅子人らしく、首元から胸元までを覆い尽くしている筈の鬣を彼は持ち合わせてはいなかった。山吹色の毛並みに相応しい赤毛はあるにはあるけれど、露骨に短く刈り上げられているのが見えた。首元にバンダナか何かを巻き付けたくらいの印象でしかなかった。
近寄る度に身体から、下半身から漂って来る匂いは多分塩素の匂いだろう。犬人のものよりも強い匂いだったけれど。
明らかに人間もベッドの中のティッシュから溢れていた匂いに近いけれど。

「残業代目当てにしてももう少しやり方があっただろうよ……本気で楽しみたいんだったら、家とか部屋でやる気はなかったのか?」
「掃除がしやすい外とかでやれたんなら誰だって文句は言わないと思うぞ。捕まるかもしれないけどな……」

それはそれで何かが良くない気もするけれど。人間を案内と説明も兼ねて待たせていた犬人達とは違い、いち早く床を磨き終えていたのは黒毛の牛人と葦毛とか言われている馬人の二人組。
どちらにしても毛並みはどう見ても短く見える。鬣の長さも揃えられているが、もふもふしたボリュームはこのバイト先では少しも存在しないものであるらしい。
全身毛並みの弊害であり、少しでも毛を伸ばそうものならば日頃の湿気やらで忽ちに爆発してしまう。ある意味ではこうなるのも、人間がありがたがられてあっさり採用に至ったのもそれが理由である。

「……で、この仕事場には慣れたか?用具置き場に入ろうとか思った事「一度たりとも無いです」
「……んじゃあ問題は無いなあ……うっかり入ったなら、多分お前も変な音とか出るからな……」

にやつきながらの言葉にどんな意味合いが含まれているのかは分からない。今の所は分かる必要もないと人間は頭の中で何度も思い、他の獣人達よりも小ぶりのブラシを抱えながら業務を続けている。
体格の差は圧倒的というか、自分と同程度の身長しかない犬人の幼馴染が寧ろ稀少だと理解する程。頭三つ分は縦にも横にも幅広い。体毛の短さから、肉体そのものの分厚さが違うのだとしっかり理解も出来る。
最初は同じブラシを持とうとしていたがしんどさから初日で止めた。ちょっとだけの申し訳なさを感じながら、用具置き場から聞こえる声にも慣れた頃。

「あ、時間が空いたら用具置き場の中の整理とか出来ない?」
「どうしてこっちに言うんですか?」「たまに換気しないとね、本当に匂いが籠って……」

豚人からの言葉を必死で断ろうとしたが、追加でボーナスをくれるとの言葉に押し切られ、ならばと考える。黒犬人と獅子人が来るより先に来て、さっさと済ませてしまえばいいと。

[*前へ][次へ#]

2/10ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!