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短篇
悪良丸硬-3
「……えーっと……あのアパートに来てからどのくらいになるんですか?」
「大体半年ぐらい前だなぁ…前住んでた所をちょっとばかし追い出されてよぉ……」

結局完全なハシゴは勘弁してもらった一方で、ファストフード店の期間限定のデザートを食べながら若者の様に話す事になっている。値段はそれ程でもなく、今回の支払いは個人で別となってもいた。
何をどうしてちょっとばかし、という事になったのかは聞くだけ嫌な予感がするから尋ねない事にする。カウンター席で並んで座っているが、狸人の大きさも合わさって三人半程の幅を取っている。

「部屋の中で昼間っから盛ってたら騒音がやかましいとか大家に言われちゃってなぁ…それが五回目の注意だから追い出される事になったんだよ…ヤってた二人ともそれっきりだぜ、全くよぉ…」
「…………」

聞いても無いのに話し掛けてきた、想像よりも酷くて生々しい話でもあった。言われた所でどうすれば良いのか考えてる合間に、隣で座っていた猫人が驚愕の表情で此方を見ているのが分かる。
重低音の声色は騒がしい店内でもやたらと響くものであるらしい。この時点で色々と近寄ってはならない相手であると分かってはいるが、不幸な事にこれからの隣人である。デザートは美味しかったが、どんな歯ごたえであったのかはもう思い出せない。

「だから壁が厚くて何とでもなるあのアパートを選んだんだよなぁ…お陰で前より激しい事やっても今の所苦情は無しだぜぇ…へへ、どうだ?」
「どこをどうしてどうだ、なんですか?」
「引っ越し祝いに俺とヤってみな「結構です」

言い終わるより前にきっぱりと断って、さっさと食べ終えて空になったプレートを残して後は早々に去っていく。ありがとうございました、との声と何か言いたげな狸人を残して。
財布の中身は結局減っているし、その大半が狸人の食事である事は間違いない。一回奢ったのだから恩義はこの程度で十分だ。さあ、帰ろう。大人しく帰ってだらだらと過ごす事にしよう。
隣に相変わらず狸人はいるだろうけど。確実にいる。今日はどうにかなったとしても明日以降はどうなってくれるかは分かりはしない。
人間自身に何もなかったとしても、隣の部屋からベッドが軋んだり変な声が上がったりする声が壁越しに聞こえてくれるのかもしれないけれども。今はこの場から、あの店の中、狸人の隣から抜け出すのが一番である気がしていた。

「あっ」

そして土地勘の類がまだ存在してなかったので、アパートの方角の真逆を突き進んでいた事には暫くしてから気が付いた。
引き返そうと思ったら人間の背後にいたのは何かと着崩した格好で大柄で、両耳に銀色のピアスが輝いている犬人。その姿を見るだけで大体の、凡そ全てを察する事も出来てしまっていた。
獣人と人間とが共存するといったら聞こえは良いが、獣人と比べると小柄だったりする場合が多い人間はカモにされやすいらしい。アパートを間違えたのかな、と今になって思う。

「人間のにいちゃん、残念だけどココでは通行料って奴が必要なんだよね。分かる?通行料」
「そんなに持ってないで」

話している間にまだ昼間なのに拳が飛んで来る。露骨にびくっと驚いたが寸止めだった。歯を見せて笑って来る犬人の笑顔がこんな時にはありえない程に眩しいが、その真後ろからは大股で此方にやって来る狸人の姿が見える。
その片手にもごつい金属製のリングだの手首には腕時計が嵌まっていたり、利き手に腕時計を止める派なのかなと思っていながら、今度は胸ぐらを掴まれてそのまま持ち上げられる。苦しくもあるが、まだ犬人は笑っていた。狸人はそれ以上に笑っていた。
良からぬ事が起きる。絶対に。

「ね、痛い目に逢いたくはないでしょ?だからこう……」
「よう、また会ったな。二回も助けられたんなら、お礼の方も期待してくれていいよな?」

めきめきと音が鳴ったのが確かに聞こえた。狸人の片腕があっさりと人間を掴み上げていた犬人の手首に悲鳴を上げさせ、その場で落とされた身体は直ぐに距離を取る。振り向こうとしたが、今度は背後から犬人の身体を吊り上げている。

「仕込んでないですよね?」「仕込むのはまずコイツからだ…道に迷ったんなら待つと良いぜ…?」
「……あー……」

近場の公園のトイレの中へと引き込んでいく姿を見届けながら、結局人間は待つ事にした。三度目となれば流石に断れる自信が無い。

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