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短篇
サンド-1
「もっふぁ……もっふぁ?」

最近になって日が落ちる時間がぐっと早まった様な気がするのも無理は無い。気が付けば長袖に長袖を重ねなければならない様な日々。
真昼時以外で吐き出す吐息は白く、起き抜けに厚手の布団の中からどうしても飛び出したくなくなる時期が今年もまたやって来た、のは間違いない、けれど。
何かがおかしい。いや、確実におかしい。此処まで毛羽立っている毛布や布団を使った覚えはあっただろうか。

どくどく、と音も聞こえるのであり、自分の鼓動ではないかなと気が付いたら理解は早かった。何気なく手足をばたつかせてみてもよく分かる。
ああ、どういう事なのかは分からない。中庸さをそのまま形にした様な細身の人間は一人暮らしをしていた筈なのに、何故か今では一人ではない。
二人でもない。ふんわりと甘い香りがする柔軟剤に覚えは無く、顔を上げてみるとぐわっと眼を閉じた強面の姿に思わず叫びそうになった。

「ぐぉる……ぐーっ……」
「…………」

とにかく眉根に寄せた皺が消えなさそうな出来事が、今現在人間の身に起きているのは間違いなかったらしい。
顔から胸元までほぼ覆っていた明るい茶色のもふもふは、どうやら、ライオンの頭部を模した所謂獣人の鬣であったらしい。
どっしりふっさりとしたボリュームに顔を埋めても窒息しないくらいの柔らかさと毛並みを持ち合わせていたらしく、離れたくないのは布団と同じだった。
うつ伏せで寝入っていた事もあってか顔に痕まで付いてしまいそうでもあって、鬣の無い箇所も指先を埋めればもふもふとした毛皮に包まれているのが分かる。

いや、何でだろう、どうしてだろう。あくまで空想上の生き物でしかなかった獣人が、どうして自分の布団の上で寝入っているのか。

「ごぉぉぉ…ぐぅぅごごぉぉぉぉぉ……」
「…………」

突然に頭の上辺りから聞こえて来た寝息、いびきとも称される重低音に、もしや、と思ったが身体を引っ繰り返す事が出来ない。
分からない事ばかりであったが、敷布団ではないとはがっつり硬くて重たくてライオンの上へと人間の身体を縫い留める感触はやはり大柄な人のもの。
ぬぐ、とかむぐ、と音を立てたら角度の関係で腹まで押し潰されそうになる様な気分、このまま何も分からないまま押し潰されてしまうかもしれない絶望。
せめて説明はどこかしらでして欲しかった、と思った矢先、やっと身体から重たさが消える。フローリングの横に、鱗の生えた太い腕が迫り、頭を掻きながらふああ、と欠伸を浮かべた音まで聞こえた。

「ふわぁぁぁ……あー、っと……おい、起きているのか?」
「…………」
「む……どうやら目を覚ましたらしいな。おはよう、調子はどうだ?」
「…………?」

頭上で聞こえて来る声と、目の前ではライオンが自分の事を間近で開いたばかりの縦に裂けた金色の瞳孔が此方を見据えてくれている。
まるで面識のあるかの様な調子に、当然ながら人間は困惑するしかない。思っている間に、むぎゅ、と再び上下から挟み込まれる。

もふもふだった。つまり再び頭が鬣に軟着陸しながら、背中周りも毛並みがもしゃもしゃと触れて来ている。
人間の体温よりも程よく温かくて、全身の力が抜けていく香り。何という心地良さであるのだろうか。考えながらも分からない。外気の寒さは今の状況でも辛い。

「あ…あー……あの……」
「……ここまでやっても分からないのか?普段から散々にやってくれている癖に」
「まあ良い。これからも暫くは長い付き合いになるからな……言ってしまおう、私達は…君が使っていた、布団なのだよ」

布団。
布団。そう言えば、床に敷いていた敷布団も、全身を包み込む様に使っていた厚手の布団もいつのまにやら消失している事に気が付いてしまう。
枕は何時もの様に人間の頭から外れて転がっているが、確かに布団の代わりにライオンが居る。上を見上げれば、龍、確かに龍の姿が。

「これからは俺達があっためる事になるからなぁ…冬場の間、よろしくな」
「……いや、納得しませんけど、っ…あぁぅ…でも……」
「今日は土曜日だから心配も要らないさ…さあ、もっと眠ってても良いんだよ……」

頭を撫で回されると、何とも良い気分になっていた。圧倒的な包容力に、納得しないまま緩やかに人間の意識は二度寝へと向かっていった。

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