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短篇
楽々の話9
翌日、熊人が自殺したとの通達が薬剤師であるジャガー人達から執り行われた。調教を行う前に、自分で自分の頭を穿つ様にした、との話であった。
年単位に渡る頭痛や体の不調を以前から訴えていた事と加齢から、既に負い目を感じていたのでしょうかもしれませんだろうですね、とジャガー人はいけしゃあしゃあと語った。
とは言っても、裏の行動を動かしていた時の自殺である。表の世界の熊人が、残虐な拷問官であるとは見せたくない。

血生臭さに全身を沈み込ませている、密やかにしか賞賛されるべきでさえも無い汚れ仕事であった。
しかし、彼のお陰でどれだけの情報を国が得たのか、どれだけ敵国への攻略に貢献を成せたのかは決して計れない莫大なものだ。
ジャガー人の言葉と合わせて、自宅の中で密やかに病死した、と診断の偽装が施され、兵士としての貢献から丁重に葬られた。
少なくとも、普段から彼が手掛けていた者達とは、何十倍、何百倍にも愛を抱かれた上で。

「……ここで全部バラしちゃったら、無粋とか思われるよな?」
「本筋がぶれるからやめよう」
「だな」

調教するべき相手は、数日間の間飲まず食わずで放置される事になるが、元々死んでも構わない相手なので諸々の手続きの間ずっと放っておかれた。
何か飢えを満たすものがあるとしたならば例えば排泄物等にまでレベルが下がるが、そんな事よりもジャガー人達である。
行きつけの薬剤師、との触れ込みできっちりと葬式にも参加した後で、部屋の中で準備を済ませる。
数日後にしても放置して死んでいたとしても、どちらにしても面倒事は済ませなければならない。自分で蒔いた種であるし。
引継ぎは行われない、行う必要は無い。存在が秘匿されているこの場において、世間話まで行うジャガー人達が少し馴れ馴れし過ぎる事さえある。

「……お前が、薬剤師、か?」
「……あー、はい、その通りです。いやあすいませんねえ、ちょっと俺アレだったんで」

明らかに話しかけられたくない様な雰囲気を既に鬱蒼とした部屋の中へと撒き散らしている、竜人の男。
既に瞳は見たくない物を見続けていたかの様に光をほぼほぼ失いかけており、屈強な体躯には荒々しい傷がびっしりと覆っている。
鱗が一部備わっていないのは、強引に鱗を引き剥がされた拷問を受けた経験からだろう。
痛みを知っているからこそ惨たらしい。痛みを理解させられたが故に、他者への礼儀も消え去った存在。

「この扉の先に、相手がいるのだな?」
「えーはいはいそうなりまっすねえ…あ、良かったらこれ被ってくれません?」

目的以外の興味は薄く、二段ベッド上の蜥蜴人にも目もくれない様子。一方で顔回りの皺の形状から笑う事が無い訳ではない。
他者を貶し蔑みいたぶる事に対して至福を味わうタイプであり、軽度の痛み止めを今でも使用している。
しきたりですから、と勧められるまま、半ば強引にその竜人に対して熊人が用いて、仕掛けも終えた革製の仮面と衣装を被せる。

「む」

咄嗟に触れようとした両腕からだらりと力が抜けたのが見えて、完全に成功してしまった事が分かる。
熊人の魂の香り、定着した技術、過去の名残、残滓。全てはかの衣装の中で依り代を求め、そして完全に頭を巣食う。

「……何だか、随分と…久しぶりであった気が、するな」

溢れた声は竜人のものではなく、熊人のものだった。気のせいですよね、とジャガー人がだらしない笑みを漏らし、いつもの様に扉へと向かう。
まるで熊人の様に、背後から突き出した尻尾を長く振り回しながら。これで立派にいつも通りで、全ては丸く溶けて収まった。
経過を見続けながら、熊人の技術は決して他の者には真似出来ない、自分もしたくないとの高い評価を得ているからこその着地点。

こうして熊人は調教を普段通りにやり遂げるだろう。竜人は全てを成し遂げたのだと分かったならば直ぐに興味なく去っていくだろう。
完全な人選であった、とジャガー人と蜥蜴人は密やかに喜びながら、熊人の回転を何処まで見れば良いのか、再度考え始めるのであった。






「……で、いつになったら拷問と調教の需要消えるの?」
「みんな大好きっぽいからなあ?」

小型プレーヤーから奏でられるBGMと共にラバー製拘束台に用いられるコンプレッサーと新型ピストンマシンの調整を行いながら、ジャガー人達は話していた。
今日も。

【そして墜落した果てには遂に墜落と落下のみが待ち構える 終】

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