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短篇
楽々の話4
「やあ。相変わらず今日も忙しそうですね。顔に目が二つしかついていませんよ」

何て事はない冗談であるのか、今回熊人が対処している相手が隻眼の剣士である事を知っている故に重ねたのか。
戦闘において奪われた名誉の負傷でありながら、捕らえられてしまった不覚は実に痛い物だろう。
欠けているものを補う程の力は肉体だけでなく精神もきっと鍛え抜かれている。崩すには時間が掛かりそうで、同じく愉快だ。

ジャガー人のそんな言葉に苦笑しながら、頭痛薬、もとい痛み止めを追加で欲しいのだと告げれば了承してくれた。
熊人であっても腕が上がらなくなる様な鍛錬を行ったり、過労で倒れかかった事をも記憶に残っている。

これから、先に年齢を重ね続けたのならもう少しだけの気遣いを増やした方が良いのかもしれない。
そう思っている間にも、空になった木箱に同じく丸薬が詰め直されて、少しだけほっとした表情を浮かべた。
机の傍らにはぼこぼことガラス容器の中で謎めいて泡立つ濁った液体であったり、良く分からない道具が並んでいる。
ありふれている中にこれまた奇妙で、熊人であっても知っている道具がある。注射器だ。

しかし。が、その針先は複数本の針が用意されて、刺青を入れる為の針にも見える。
視線に気付いたジャガー人が、ふう、と小さく息を吐いてから、熊人の前に差し出した。

「色々と研究してみた結果、最大限に痛覚をもたらす新型の注射器です。おまけに纏めて突き刺すから痕も残りやすい、こういう場所でしか使えない哀れな道具でもありますがね」
「ほお……真っ当な注射器として使えるのか?」
「勿論ですよ。針自体は小さいものですから、子供から大人まで…刺青にも強引に使えますが、毛皮が引き攣れて大変な事になりましたねえ」

説明を聴いている間に子供にも似た好奇心がわくわくと湧き上がり、ジャガー人の体験談にもまた愉快さを感じる。
新しいやり方、新しい痛みというのは何処であっても素晴らしいもの。複数の針先に傷付ける事で引き攣れた皮膚。
赤々と染まった毛皮の表面が歪に隆起を繰り返し、腫れ上がってもいるかもしれない。皮を剥ぐよりも醜悪。
顔に向かって針を打ったら、如何なる端正な顔であっても醜悪に歪ませる事さえ出来た。

「……ええ、貴方がやった事ですよ。最初に刺青を入れたり、顔の強制的な整形に使ったのは」
「…………今、何と言った?」

冬枯れの季節はとうに過ぎ去っている。春の暖気は着実に地下室であっても暖め、部屋の片隅のストーブは薄く埃を被ってもいる。
熊人は繰り返す。記憶の中を呼び覚まそうにも、注射器を見たのは初めてだ。使った事等有り得ない。

「もっと具体的に言えば、この注射器はもう七年前からこの世の中に生み出されてます。使われるのはここだけなんですけどね。大体痛くない方の針を使って」
「待て、何も…俺は何も、知らないぞ……」
「確かに貴方は何も知らない、記憶にないとも言ってるんでしょうね…ふと頭痛を感じる。頭痛薬が気が付いたら切れている。注射器の形に興味を持つ……」

ジャガー人の言葉が信じられない一方で。既に衣装の中に服を被せて寒さに耐える様な事も無くなっている現状。
温暖な空気が真夜中であってもこの部屋の中に籠っている、ストーブが灯されても居ないのに。
じわりと冷や汗が背中の毛を濡らすのが分かった。ジャガー人の、彼の口から語られる言葉に、あからさまな真実が混ざっている。
そう、本能的に理解してしまった自分に。知らぬ間に認めていた自己に。

「何がどうなってるのか、語る事にはしましょうか。何せ貴方と私とド…もとい、蜥蜴の仲ですし。薬剤師である以上、経過を観察する義務ぐらいは有りますからねえ……」

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