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短篇
楽々の話3
酷く寒い日々が続く夜だった。仮面と衣装の中に普段着を重ね着していれば幾分か楽であるのは認める。
結局死臭やら精臭が毛皮の中から蒸れて伝わってくれているので、服と合わせて衣装となる。

こんな時こそ出来る事がある。焚き火も何も炊かない中では誰もが凍える。毛皮を刈り取ってしまったり、鱗を持っている種族は特に。
真逆の夏場は熊人にも辛いものがあるがそれでも実に捨て難い。態と重ね着をさせる、篝火を炊いた部屋の中に一晩おいて蒸し上げる。
鼻がひん曲がってしまいそうですよ、ではなくマジで曲がりますよ、と薬剤師のジャガー人が形容する様な匂い。
熊人も汗だくになりながら血液を舐め取って塩分を補給するあの味わい、全てが中々に心地よいもの。

「ところで頭痛はもう大丈夫っすか?」「大丈夫でしたか?」
「今はもう大丈夫だ…お陰で随分と楽になった。改めて礼を言わせて貰う」
「いえいえ、あれ実は調合と抽出で前よりも安価なんです。平民にだって買える値段で売れるんですよ」

「……あの薬がその値段とは驚きだな。まるで信じられない…念の為に、幾分か常備する事は出来ないだろうか?」

今日、も寝台の上で寝ている蜥蜴人がああそりゃ素晴らしいですねえ全く、等と話している間にジャガー人が丸薬を木箱の中に放り込んでいる。
少しだけ失礼である態度ではあったが、熊人を相手にして少しもぶれない調子は素晴らしい度胸だ、と言えるかもしれない。
結局の所熊人も少しは寂しく、蜥蜴人が腹立たしさよりも小憎らしさ、子供の用に思えている、のかもしれない。
この先も仕事として敵国のスパイであった兵士を、寒空の中放置している今となっても。

「温泉が良いって聞きましたけどいよいよもっておじさんになってますね。身を固めるのは考えてます?」

趣味で作っている、と聞いた事のある蓋付きの小箱の中に詰まった丸薬を見て礼を言ってから、ジャガー人の言葉に苦笑する。
確かに結婚こそしていないが、紛れもなく血を引き継いだ子が居ない訳ではないぞ、とまでは流石に事実でも言わない。
僅かであっても行っている行為はまるで不条理であり非道徳、国に関する必要悪でありながら内心で加虐を楽しむ天職とまで思っている矛盾。

どうせ貰うのならばちょうど自分の様な、裏の仕事まで楽しんでくれる様な者でなければ。互いに歪んだ爛れた関係。

「そうだな。この仕事が不必要になったのならば、少しは考えておくとしよう」
「考えているだけなら誰でもが素敵ですからね。まあ…ね」
「そりゃあそうでしょう…で、いつ頃に話す予定です?」

今頃スパイであると確信されたかの獅子人はわざわざ丁寧に磨き抜かれた鉄板の上に水を被った状態で磔にされている。
身体の体毛を反り上げられて、朝になっても日没後の凍てつきが溶けてしまわない気温になっている。
熱を味わえるものは自分自身の排泄物、吐瀉物、涙は既に役に立たず、鬣の代わりも今やありはしない。
新型らしい錠前を外したとしても扉と講師は抜けられない。両掌の皮膚を薄く削っておけば、動く指先も無いものだろう。

「この気温ならば…明日の夜までは持つだろう。それから先に話すとする」
「愉快です?」
「愉快でなければ、どうやってまともでいる?」

研究室の中はストーブが炊かれており、ストーブの上にはスープが並々と盛られた鍋まで乗っている。
空気の流れの関係で凍てついた部屋にも仄かな暖気はわざと漏れさせており、甘い香りもあえて流している。

「温かい部屋の中で温かいスープを飲んで冬場に備える。それ以上にまともな事はありますか?」
「違いないな」
「ああ、まともじゃないけどまともですね、二人して…いや、どっちかですかね?」

スパイは全てを話した。しかし両手と片足が駄目になっていたので熊人自ら切り落として義肢を作らず、
偽りの身分を用意する代わりに傷物の娼婦として安価で買い取らせた。
そんな者を好んで買い取る娼館等どの程度のものかは知っている。危ういとなれば敵国に送られる事も大いに可能性はある。
そこまで知っていた、言わなかった。熊人にとっては、いつもの事だ。

「…………む」

頭痛、がぶり返して来たかと思ったが、木箱の中身は既に空になっている。
結局は痛み止めだから雨の日に飲むぐらいの調子でも構わない。市販品もそれだけの簡素な、痛み止めだ。
わざわざ外で買うよりは、と再び地下室へと向かう。今日も仕事がある。忙しい事は良い事。
それだけ世界は腐臭を漂わせる。こうでなければ、やってられない。

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あきゅろす。
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