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短篇
楽々の話2
実に甘美、な時間であった事を噛み締めながら、仮面の留め具を緩めてふう、と熱の籠った息を吐き出す。
片方が片方を売れば無罪放免と牢獄から逃れられない権利。互いを庇ったのならば折れるまで一人を責め、一人はひたすらに厚遇する。
互いが互いを売ったのならばそれもまた良し。良好な関係を築いていたであろう二人が崩れながら絶望と色欲に沈む様子は、なんと心地よい物だろう。

「お疲れさまー。結局二人ともぐちゃぐちゃになっちゃってるんですけど、大丈夫ですか?」
「……うわぁ。もう手遅れって感じで」
「問題無い。命と五体はあの様に残している。まだ娼婦にも家具にも仕立てる事が出来よう……」

片隅の二段ベッドの上段には、ジャガー人が助手兼後継者として雇っているらしい蜥蜴人が顔を覗かせている。
ジャガー人に対しても何ともげんなりとした表情を浮かべながら、赤錆にも似た暗い鱗はぼんやりした魔力による灯りの中怪しく光を反射させている。

「ああ、頭痛は大丈夫でーっすか?そういう病気を気にしなければならない年ですしねえ」
「……まあ、その通りではあるな。早死にした者は居るものだ、知人の中にもな……」

「表」の世界の住民において、熊人を前にしても気さくに接してくれた何て事の無い男が、脳出血によって死亡した事を思い出す。
まだ数度しか出会っていないが、戦地での古傷が元であると語っている。その点に関してはある程度自覚している。
とは言っても何処までも底なしの力を振るえていた熊人に、頭に一撃与えられた者など若かりし頃から存在しなかったのだが。

それでも、衣装の下には綺麗に丸みを描いている腹部が見下ろす視線を阻害している。
熊人特有の脂肪が付きやすい腹部。気持ちでしかないが筋肉の衰えはまだ目を見張る程ではない。

「駄目でしょうね、駄目でしょう…あんなの娼館でも要らないですし、皮を傷付けてしまっては…」
「済まないな。竜人の鱗を打ち付けて剥がすのは、中々に技術が居るもので……」
「ま、収まらないって言うならご静養なさって下さいよ。ココより空気が悪い場所なんて多分存在しませんしねえ……」

扉こそ頑丈な造りながらも通気口の関係で、薬臭さの中にも血と脂の腐臭が、獣臭い精臭が部屋の中を薄く覆っている。
蜥蜴人のげんなりとした表情を他所に、誰も来ないので有れば考えておく、と言葉を残し、改めて頭痛薬の礼を言ってから部屋を去る。

そこまでの関係ではない、仕事の関係であの部屋の中でしか会話を交わしていないが、ジャガー人の気さくな調子は出会った時から変わっていない気がする。
表の顔においては複数の関係者が居るものだが、裏においては彼等だけが熊人の話し相手になっている事さえあった。
それだけに孤独なのではなく、秘密裏に行われている以上は人材の変更は最低限に留められるべきであり。
何よりも熊人はジャガー人に対する蜥蜴人の様に、まだ拷問・調教・陵辱の技術を引き継ぐ後継者をも必要無かったのである。

「……ふむ」

そうしている間に、薬剤師から貰った薬が無くなって三日が過ぎた。
頭痛自体はまだ残ってはいるが、裏の業務においても無視出来る程度には痛みは薄れている。

薬が効いたのか、ほんの一時的なものだったのか。念の為もう少しだけ貰っておいた方が良いかもしれない。
仕事を終えたばかりの身体には衣装の奥底から漏れて漂う程度に汗と性臭を強く重ね、過度の汚れ以外は敢えて清めても居ない。
以前からの癖と合わせて、表には香水で間に合わせてどうにかなる。匂いを求めて引っ掛けられる事もままある。
ある意味では熊人の誇りの様で、そして自身も溺れてさえもいる。本来の獣性が剥き出しになって、心の切り替えも容易なのだ。

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あきゅろす。
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