短篇 ふゆ-4 ただその場で猪人は立っているだけだ。獣人はこの地区では少ないだろうが、珍しいものでもない。 それでもその口から語られる言葉に人間は何処かで納得してしまった。これまでは少しも近寄れなかった相手に、近寄らなければいけない気がする。 「正確には神様の使いと言った方が正しいね…君の様な相手にしか、見る事が出来ないぐらいに、消耗してしまっているけど」 「……それ…何、で……」 「力を失ってしまったから…だから、君が私を見れると気付い時には、嬉しかった…さっきの不運を、前借りで帳消しにしてしまうぐらいにはね」 「ふぁ…ぅ…うぅぅ……っ……」 両掌を人間へと見せ付けて来る猪人の胸元に、一歩、二歩、三歩。 あっさりとその身体は、全てを理解してしまった上で、もふり、と猪人の胸元へと身体を埋めてしまっている。 家族でも何でもない、種族とも違っている、丸裸の身体にである。毛並みからは穏やかな干した布団の匂いと獣臭さが入り混じった、それでも人間には決して嫌な物とは思えない。 知っているから。既にこの猪人には決して逆らえなくなっていると、受け入れるしかなくなっているのだ、と。 「だから…こうして君の力を、取り込むしかなくなっているんだ…本来ならば逆なのだけれど…」 柔らかな言葉を何処までも人間の頭の中へと囁きかけている間に、おもむろに猪人の太い腕が人間の背中に回された。 びく、と小さく震える。予想よりもずっと嫌ではないのが、何よりも怖い。気持ちいいのが嫌じゃない。人間は内心で泣きたくもなったが、既にどうにもならない事も、分かっている。 相手の言葉をどこまでも信じるしかなくなっている現状に。あの時、何も無ければ人間はきっと強盗の獣人に金を渡していた。 普段よりも遅くまで帰ったかもしれない。いや、あの獣人に刺されてしまう事さえも可能性があった。 それを猪人に祈ってしまった。幸運にも人間は救われた。その対価である事に。 「だから、たっぷりと…君を食べてあげよう。願った通りに…そして、救われたお返しに、ね…?」 「ひ…ふぁ…あぁ……ぁ……」 口調は何処までも優しい調子ながら、囁かれる言葉には少しの間違いも、嘘も無いと分かったのが怖かった。 毛並みの内側にがっしりと包まれている、屈強な筋肉が熱を帯びた触り心地は悪いものではなかった。 背中に回された大きな両手が、そのまま人間の腰から尻肉を柔らかに撫で回すくすぐったさに声を漏らす。 後頭部から首筋へと浴びせ掛けられている生暖かい吐息は、まさしく人間を歓迎している様に滾っていた。 今日はもう普段の時間には戻れない。猪人に抱え上げられてはいない。ただその手を柔らかな力で引っ張られているだけに過ぎない。 背中の肉まで引き締まっているのが目に入る。背中までも毛並みに覆われているもので、背後には尻尾まで楽し気に揺れているのが目に入った。 何よりも、その股間では薄暗い中でもはっきりと、歩く動きに合わせて大振りの玉袋が揺れ動いているのが見える。 それが人間には驚きで、恐怖で、既に胸の高鳴りが興奮であるとも、分かっている。 辿り着いた空き地、僻地にはぼろぼろの社と数本の木に囲まれた其処こそが、猪人の住処だと気が付く。 「さあ、愉しもうじゃないか…もう救われたのだから、ねえ……」「……あ…ぁぁ……」 [*前へ][次へ#] [戻る] |