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短篇
ふゆ-3
時間は全く同じであるというのに、店に来る相手というのは時には大きく変わったりもするものだ。
毎週特定の曜日にふらりと訪れる者を常連と見なし、そうでなくてもたまに話を聞かれたり、少し困った注文が舞い込んで来たりもする。
何時もとそこまで変わりはしないバイト中の事だった。一人の男、獣人らしくマズルが顔の前から突き出ている、帽子を被った相手がやって来る。

人間が店番をしている目の前に真っ直ぐと歩み寄って、その手元からは包丁を差し出した。人間に向かって、その切っ先は突き出されていた。

「……え」「金を、出せ」

あの猪人よりもずっと低くて、冷ややかで、余裕が無さそうな声で人間が状況を飲み込むより先にかの獣人は吐き捨てる。
他に客が居ないのは深夜帯であるからであり、同じくバイトとして働いている人間の男とはシフトが噛み合っていない、そして店長は一人だ。

「早く、だ、出せよっ」「は…は、は……い……」

焦れてしまった様な獣人の言葉に驚きながらも、警察へと通報する方法までも忘れ去ってしまうには十分過ぎる状況である。
頭の中が一瞬真っ白になってから、眼前に刃物があって、命令に従わなければ、といった恐怖が上書きされている。
両手が震えるのを感じながら、その口元に唸りながらぞろりと揃った牙が黄ばんで、此方を喰わんとばかりの形相だと分かった。

「そ、そうだ、そう……」「……っ…」

どうしてこうなったのか、いざという時に補填されるのかどうか、とも思った。目の前で揺らされる刃物の輝きの中、レジを開いて、金の束を手に取る。
これを渡してから、後はどうするのか、警察は動いてくれるのだろうか、誰か助けてくれと思っている。
獣人は目当てであるだろう幾らかの束を見て、刃物を持っていない方の手でさっさと寄越せ、と急かしている様にも見える。実際にそうだろう。
このまま渡してから警察に連絡して、それからどうしようか、どうするべきか。考えている間に、ふと彼が思い浮かんだ。

あの猪人が。何時もの時間と少し遅れてたのなら、もう見なくなるかもしれない。そう思っている間に、事は早々に動いてしまう。
来店を告げる音と共に、側面からやって来た警官服を纏った相手達のタックルによって、あっさりと相手は倒されてしまったのだ。
この時期であるからパトロールを行っていた所に、偶然強盗と見られている相手が見えた、との話だと聞いた。

叩き起こされたらしい店長は人間の身を案じてくれていたし、緊急の事もあってシフトも変わってくれている。
全てが丸く収まったと言えばそれまでであり、気が付けば時間は過ぎ去り、予定とほぼ同じ時間に、同じ路地へと歩いている。

「…………」
「やあ。大丈夫だった様で、何よりだよ」

同じ路地の曲がり角で、数日振りに人間は猪人と再会した。何も変わらない通りに、全裸のまま屈強な肉体を一切隠そうともしていない。
全てを見知っているかの様にその顔は笑顔を浮かべているもので、何か言いたげな表情を浮かべている人間を前に相変わらず堂々としている。

「そしてまた、君が思ってしまったのなら…そして、力を使ってしまったのなら…もう、分かっているだろう」
「……ぁ…」

声にならない。既に相手がどんな存在であるのか、分かる筈もないが。それ以上に人間が怖く思ったのは、
相手の事がそれ程、最初に出会った時よりもずっと、嫌悪感が薄らいでしまっている自分にであった。

「貴方は、誰なのですか…」「強いて言うのなら、神様、と言った方が良いかな…」


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