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短篇
ふゆ-1
「……すっかり、だなぁ」

夜から深夜帯のバイトを終えた時には、月までも見えなくなっている程に時間が過ぎている。
何気なく一人呟いてみたりもしたけど、張り詰める程に冷たい空気と夜中が合わさって、声が通り抜ける様な感じがした。

気が付いたら秋の寒さを感じていたと思っていたらこの有様である。重ね着をしてもすり抜けている様な寒気に身震いをしながら、部屋への帰路を徒歩で進む。
休みに入ったらバイト代を使って何をしようか。今ならばどれだけのお金で何をどう買おうか、内心で妄想に浸る。

誰かに出会ったらさぞかし驚く事だろうし、自宅となっているマンションまで近いというのも気に入っている。
ほんの数分だけ歩けば、既にタイマー予約によって暖房が付けられ、たっぷりと温まっているカーペットと炬燵が待ち構えているのだから。
こんなに嬉しい事は無い、考えている間に、一人の人影が視界の端に移り込んだ。

路上的には丁字路の角を曲がり、細めの路地に入ってから少しした時の事である。
こんな真夜中にすれ違うのも、少しだけ珍しいかな、と思っていた。一瞬で立ち止まってしまった。

「っえっ…?」
「……」

等間隔に立ち並ぶ街灯に照らし出されているのは、この辺りでは少し珍しいと言えるだろう獣人であった。
全身に包まれている赤茶色の毛並みに、口元から見えている牙、猪人であるとは分かる。毛皮と種族柄の筋肉。
種族柄の尻尾。足元には履物が見えているが、事実その獣人は何も纏っていなかったのだから。

あまりの出来事に何が起こっているのか、明らかな非日常の中で、その猪人はぴくぴくと両耳を動かしている。
ちょうど固まっていた人間の姿を、穏やかな色合いをしている瞳が見定めて、
人間の方ににぃっ、と笑った様にも見えたので。

それから人間は軽く会釈をしてから、早足でその場を去っていくしかなかった。
どうして自分を見て笑ったのか、何も分からないまま、とても良くない気がしたからだ。

頭の中には、当然の様に全裸が焼き付いてしまっている。毛皮に包まれていながらもその両腕と両足は太く見える。
腹こそ出ていたけれど、太っているというよりは硬く張り出している様な印象がある。

そしてその股間には、当然の様に男の象徴であり、人間が普段から見知っている自分自身の物と比べて遥かに。

「……あー、考えない、考えないっ」

シャワーを浴びている間にもどうしても考えが抜けない自分に気付いて、物理的に首を振ってどうにか意識の外へと追いやった。
ほんの一時の偶然であったり、幻覚の類であると強引に結論付けて納得させるしかなかった。
翌日、もう一度同じ時間帯、同じ状況、同じ場所で再会するまでは。

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