Irritazione



世界最強と言う名を轟かせるこのヒットマン、リボーンは確かに実力は凄い。私だってそこそこ名を馳せた同業者なんだけど、この男には一分の隙どころか一ミクロンの隙間すら見つからないだろう。公私をはっきり区別し仕事の時とプライベートの差がどれだけ激しくても、隙だけはない。プライベートのリボーンは言ってしまえばだらしが無い。いつも色んな愛人の家を渡り歩いて、リボーン本人の帰るべき所には殆ど戻ってこない。どこに居るのだと連絡をすれば毎回違う女性の名前が挙がる。
彼の艶を含んだ声で女性の話をされる度に、苛立つ。私は女癖の悪さを承知していても尚、最悪な男に惚れているのだと、未だに自己嫌悪に陥る。


「…いい加減この家具、全部捨てようかな」


辺りを見渡せば、私の家の家具から始まりドレッサーの引き出しの中に納められているアクセサリー。仕舞いにはキッチンの戸棚に常備してあるコーヒーや食器まで、ありとあらゆる物がリボーンの選んだアイテム。強制的に贈られた事もある。
その事に期待だってしたけど、でも、そろそろこんな期待して裏切られての生活はサヨナラしたい。リボーンの事、それなりに解っていても、銃で肩を撃ち抜かれた時のあの痛みよりも心のダメージは大きい。


「縁を切ろう。あわよくば、傷の一つでも刻み付けてやろう」
「おい、いるか」
「…なんでいるの、リボーン」
「別にいいじゃねえか。何時来たって」
「よくないわ、」


知らぬ間に合鍵まで作られて。あのポケットの中には一体いくつの鍵が入っているのだろう。考えただけでムカムカしてくる。この部屋に侵入しようとする人間が居たとしてもそれを防げるようなセキュリティは張ってあるし、懐にある忌々しいけどリボーンに使えといわれたCz75と、デザートイーグルで対処は充分できる。命が護られるのなら肩が外れるくらい安いものだ。そう、それなのに、リボーンはいとも容易く全てを潜り抜けてしまう。それはもう私がリボーンの為に死角を用意してあげているかの如く。


「お前な、俺が来てやったんだ。コーヒーの一杯でも淹れろよ」
「なんで私がそんなことしてあげなきゃいけないの」
「…他の女共なんか率先してコーヒーだの料理だの振舞うけどな?」
「私はリボーンの愛人になった覚えはありません」


ああ、イライラする。本当にリボーンは何をしに家に来るのか。悔しくて悔しくて、角砂糖が三つ入ったレモンティーを作って差し出した。甘党じゃない私にはきっと飲めない代物だ。コーヒーなんか死んでも淹れてやらない。それから、資料やファイルを収納してあるボックスの上に偶然あった宅配ピザのメニュー表をトゥーリのストライプソファにさも当たり前のように腰掛けるリボーンへ投げつけた。
いい気味だわ。眉を顰めてムッと表情を崩してほしい。人前に晒すような余裕の表情なんか見たくない。


「ほう、俺の為に寄越してくれんのか。仕方ねえな。俺に手作りの料理出す自信無いんだろ?」
「ち…違うわよ!そんなわけないでしょ!?」
「別に俺は毒が入ってない限りなんだって食うけどな?泥食わされたって飲み込んでやるよ」
「……作れば…いいんでしょ…」
「クク、本当にリラは素直じゃねえな」
「五月蝿いわね!手料理食べに来て、後どうするわけ?どうせまた他の女の人の家?」
「…さあな」


結局リボーンのペースに呑まれてしまう。だから、異常なストレスが溜まるのだ。ストレートに食べたいって言ってくれたら、作るのに。お前の淹れるコーヒーが飲みたいんだって言ってくれたら、好きなだけ飲ませてあげるのに。だけどそれ以上に、素直にプライドを全部剥がして貴方が好きと言えない自分自身に嫌気が差す。
パスタを作ることにした。それだって、お腹が空いているかもしれないリボーンのために手早くできるからとかそんな事を思って決めた事だ。包丁を握る手が涙でぼやけてきた。左腕で目元を軽く拭い、トトト、と小気味の良い音が奏でられる。微塵切りにしたバジルを絡めたりして、30分もかからず完成した。夜は面倒だから食べたくないのに、茹でたパスタの量はきっかり二人前だった。乱暴にテーブルの上に乗せ、フォークを並べると、リボーンはニヤニヤとさも楽しそうな笑みをこちらに向ける。


「しっかり作ってくれてありがとう」
「知らないわ!私も食べるのに不味い料理作れるはずが無いもの。鷹の爪もっと入れましょうか?」
「生憎と俺は辛い物に負けた経験は無いんでな」
「………悔しい」
「はあ…お前な、俺に歯向かわないで、淑女らしく媚びの一つでもしてみたらどうだ」
「淑女はあんたみたいな男に媚びないわよ」
「じゃああれか?リラの反抗的な態度は俺の気を引く為なのか」


持ちかけたフォークを勢いよくテーブルに叩き付けた。どうせこのフォークだって皿だってリボーンがお金を出した物だ。割れたって折れたって知ったことじゃない。ひと睨みしてから、リビングを出た。扉を閉めて少し進んだ所にある二階への階段に座る。
きっと私が睨んでも、怒っても嫌いだと叫んでも、リボーンにしたら蚊に刺されたくらいの痒みしか感じられないのだろう。(蚊に刺されたなんて想像つかないけど)これからどうしようか。このまま寝てもいいけど、リボーンがいるのに寝たら何されるかわからない。私自身がではなくてこの家が、だ。リボーンが盗みをするような小さい男では無いのはわかっているけど、でも嫌だ。だからと言ってこのままリビングには戻りたくない。唸りながら階段のところで俯いていると、急に元いた部屋から話し声が聞こえてきた。
(…愛人、かな)
女性の名前がはっきりと聞こえた。唇が切れそうなほどに噛んでいたのはピリッと血が流れた直後に気付いた。しかもこれがリボーンの愛人への嫉妬なんて認めたくない。

「もういや…殺してやるもん…ッ」


涙が頬を伝ったのがわかったけど、もう拭い取る事も面倒で、デザートイーグルを握り、リビングに近付いた。きっと息も殺せず、嗚咽を抑えきれない私はすぐにリボーンに感付かれるだろうけどそれでもいい。外されても、今は銃を撃ち込まないと気が済まない。
扉を開けて入ると、位置的にリボーンは私に背を向ける状態となる。当たって欲しいと云う願望と同時に、リボーンはかわせるから大丈夫だ、そんな当たって欲しくないと云う願望もまた心の奥に宿っている。感情がごちゃごちゃになって、私は迷わずトリガーを引いた。

避けると思ったリボーンは動かなかった。一向に携帯を耳元に当てて会話を続ける。私の腕は無意識にリボーンの背を外し、傷付いたのは彼の被っていたボルサリーノだった。


「…本当に俺を殺す気あんのか?」
「あ、当たり前で…しょ…」
「無理だな。そんだけ俺に惚れ込んでるのに、当てられるわけがねえ」
「自意識過剰も大概にしなさいよ」
「……気付いてないのかよ」
「知らな、い、もん…」


リボーンが立ち上がり、私の方へと近付く。背後には扉がある。逃げようと思えば逃げられるのに、まるで私はそこが壁だと勘違いしているかのように動けなかった。


「俺が何の為にお前に貢いでやってると思ってる?」
「…自分が優位だって教え込ませる為」
「馬鹿か。じゃ、俺らの関係は、」
「私が貴方の愛人なんじゃないの?」
「俺が愛人と言った事があったか」
「……さあ」


チッ、と盛大な舌打ちを私に向かってしてきた。何なの、と見上げればそのまま不意打ちで、唇を貪られるような勢いでキスを降らせてきた。抗えなくて、呼気も吸い取られ苦しさの余りリボーンの唇へ噛み付いた。私の唇も切れていたけど、解放された時に目に入ったリボーンの唇にも血が滲んでいた。

耳元で、低く囁かれた。

(リラじゃなかったら、こんな反抗する女、相手になんかしねえよ)
(それは喜べばいいの?)

勝手にしろ、そう言うと共に彼の腕に閉じ込められた。私の頭には身を委ねる以外の選択肢は無かった。ああ、やはり私は貴方が好きなんだわ。



Irritazione
(嫉妬と苛立ちが綯い交ぜになっていた心は終わりを告げた。)


20090924






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