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アクティブに動くのが大好きなジョットは、あまり部屋に閉じこもって書類とにらめっこが好きじゃない。本気を出せばほんの数十分で紙の山が片付いてしまうんだけど、その本気を出すのが面倒らしい。ようやくボンゴレも安定してきて順調に大きなファミリーになりつつある、けど、まだまだジョットが気を抜けるほどではなくて。疲れてるんだろうなあ…。城の中を歩いていると、背後からおい、と低い声が降ってきた。振り返れば案の定嵐だ。こいつはこいつで気苦労が絶えないみたい。


「どうしたの?…ジョット?」
「…ああ、ボスの疲労をどうやったら和らげられるか、わかんねえんだよ」
「寝ろって言えばいいんじゃないかしら」
「言ったさ!言ったんだけどな、ありがとうお前の優しさだけ受け取っておくなんて断られたら、俺も引き下がるしか…できねえ」

嵐にありがとう、と言ったときのジョットの表情が容易に想像できる。無意識で微笑む彼は大変な威力がある。ジョットに忠実で、まるで後ろを着いて回るわんこみたいな嵐がそれに逆らえるはずがない。しょんぼりと肩を落としている嵐からは普段の荒々しさがなくて、本気で悩んでいるとみた。

「…リラ、なんとかできないか」
「私?あー私も考えてたところ」
「ボスの一番はお前だ。なんつーか、頼むぜ」
「嵐らしくないなあ、ま、でも何とかしてみる!」
「ああ」


いつもいつも何だかんだで自分を無理させてしまうジョット。字面と睨めっこして疲れてるときは、やっぱり糖分が一番かしら…、そう思って、個人が自由に使えるキッチンへと向かった。自然と足が速まる。幸い誰もいなかったので、パパッと掛けてあるエプロンを身に着けた。誰もいないというより皆料理をあまりしないからいないのも当たり前なんだけど、そのくせ材料なんかは豊富に揃っている。誰が使うんだよ、誰が。さて、キッチンに立ったのはいい。でも悲しい事にジョットの好物をよく知らない。私は彼の秘書でありそれ以上の仲であり、知っていて当然かもしれないけど…はっきりと『俺は---が好きだ』なんて言われた記憶があっただろうか。答えはNO。


「ていうより好き嫌いが無いから、何が一番好きかわかんないのよね。ケーキ作って、食べてくれるかな」


男の人の中でも甘い物が好きな人だっている。うちのファミリー内では苦手な人の方が多いみたいだけど。ジョットは、以前シュークリームを美味しそうにかじっていたのを見てたから、甘いお菓子は大丈夫だと思う。
ということで、短時間でできるパウンドケーキを作ることにしました。先に言ったようにジョットの好物がいまいち分からないから、私が好きなアールグレイのにしよう。バターをクリーム状にして、砂糖を混ぜ、数度にわけて卵を入れながら掻き混ぜる。その後にヘラでさっくり混ぜながら紅茶の葉、牛乳を入れた。ティー・バックタイプのがあって助かった。

「あとは型に流してオッケー」


キッチンと廊下を繋ぐカフェのような部屋に置いてあるロングソファに横になって、焼き上がるのを待とうとしたら、急に睡魔が襲ってきた。結構、私も疲れてるみたいだ。オーブンだし、タイマーついてるし問題はないはず。大人しく寝る事にした。

― できあがったケーキが、彼の口へ運ばれる。
おいしいよ、
そう言って微笑む貴方に私は愛おしさを感じた。

ふと、ぽふぽふと頭に手が触れる感触があった。今のは夢だったのね、凄くリアルな夢だったけど。酷く優しい手付きにそのまままた寝てしまいそうになったけど、無理矢理目蓋を押し上げると、そこには見慣れたススキ色があった。


「…ジョット……」
「こんな所で眠っていたら風邪引くだろう?」
「そんな貧弱じゃないもの。よく此処にいるのわかったね」
「直感と言いたいところだが、歩いていたら扉が開いていてな、隙間から覗いたらリラがいたんだ」

ここを通りかかる事が、もう無意識の直感が働いているのではないかと思う。仕事は?と尋ねると、終わらせたよ、と笑う。確かに今の彼はいつも羽織っているマントを外してラフにカッターシャツだけだった。本当にジョットはよく笑う。偶に無理して笑っている事があって、私にはそれが判ってしまい辛いけど。


「あ、そうだ、ちょっと待ってて」
「?…わかった」

キッチンへと戻り、オーブンを開いた。串を刺して生地が着かないのを確認し、型から外して薄めにカットして小皿に乗せる。焼きあがってからどれくらい時間が経ってるかわからないけど、ある程度冷めててくれてよかったし、何より失敗してなくて本当に安心した…!
普段からコーヒーや紅茶を飲む人が多いのでいつもお湯は沸かされている。ケーキに合わせて紅茶を淹れた。ジョットが紅茶を飲んでいた記憶は残っている。砂糖は入れない。私のとで二人分をトレイに乗せて戻ると、彼は長い脚を組んで目を瞑っていた。気配でわかるのか、その体勢はすぐに崩されてしまったけれど。


「ケーキ?」
「うん。ジョット、頑張りすぎだから少し休憩したほうがいいかなって」
「俺のために…か…?」
「嵐とね、何かできないか考えてて」
「…なんだ」


何でそこでしょんぼりするのか、疑問に思っていれば、無理矢理トレイをテーブルに乗せられ、空いた手の片方をグイッと引かれて、ジョットの膝上に乗せられてしまう。少し眉が吊りあがって、口元はへの字を描き、しょんぼりというより不機嫌そうで。
もしかして、ケーキ嫌いだった!?


「リラは、嵐と仲が良いのか?」
「…ち、違うと思うけど…、ほら、あいつも私とは違う意味だけどジョットの事慕ってるでしょ、だから何かと話が合うっていうか」
「成る程、な。でもやはりリラが男と仲良いのは嫌だ!」
「そんな器量の小さいジョットじゃ、これからボンゴレ纏めてなんていけないんじゃない?そもそも私、嵐は仲間としか見てないし、私が好きな人くらいわかってる…で、しょ」

勿論、と頷いたジョットは、テーブルの上からパウンドケーキの乗った皿とフォークに手を伸ばした。俺の為に焼いてくれたのだな、とかなんとか恥ずかしい言葉をスラスラ並べて、少しずつケーキを食べてくれた。

「ほら、リラも食べろ」
「え、だけど、これジョットの」
「別にいいだろう?」
「あ、ハイ」

フォークで小さめに切り離したそれを口元に運ばれる。(あれ、これ普通やるの逆じゃない…?)

「どうだ」
「うん、まあまあかな?」
「そんな過小評価しなくてもいいと思うぞ」
「…うん。でも、ジョットってやっぱり甘い物好きなんだねー」
「いや、俺はあまり甘いのは好まない」
「………え?」


だけど、私を抱きこんだままのジョットは変わらずパウンドケーキをもぐもぐ食べていて、嫌な顔もしない。気付けば二切れのケーキの残りは全部彼のお腹に収まっていた。よくわからなくて、彼を振り返って次の言葉を待っていると、私の首元に顔が埋められた。ふわりと揺れるススキ色の髪が頬をくすぐって、もどかしい気持ちになる。


「食べれなくは無いんだ」
「だったら無理して食べなくていいのに」
「いや、リラが作ったからかな、美味しかったぞ」
「…ぅ、え…?」
「例えでもあり実際の話でもあるがリラみたいな味がした。リラが作ったものは何でも美味い」


濁す事なくサラリと言ってのけるジョットは私から見たら眩暈がするほどに眩しい。日本人の血が流れてるからかな、やっぱり素直に嬉しいとは言えない。
っていうか、私みたいな味って何!
熱くて赤くなっているであろう私の顔を見たジョットは、普段と違う大人な目付きになり、にやりと笑う。


「さあ、どんな意味だろうな?」



I lack you.
(もっともっと、君がまだ足りない)


20090921






あきゅろす。
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