chu×3-20



屋敷を出る前、ツナに二つの電話番号が書かれた紙を渡された。上はクレミスィのボス直通ので、下はセディカの携帯らしい。なんでこんなものを俺に寄越したのか、と問おうとしたがそういえば女の連絡先を殆ど消してしまっていたのを思い出した。まあ、必要になるかもしれない。持っていて損は無いと思い、俺はそれをスーツの内ポケットへ忍ばせた。
ツナは今回の任務についてはあまりあれこれと指示を出さなかった。持ってきた書類にもクレミスィのアジトの大まかなマップとそれからファミリーの様子、注意点くらいしか書かれていない。固より期待はしていないと言いたいのか、それともクレミスィなど脅威じゃないと云う意味か。どちらにしろ俺の好きにやれ、なんだろうな。


「…早速電話する事になるんじゃねえか」

屋敷にはいつ帰れるだろうか。あいつ、自分の事あたかも平凡な人間で、とか魅力なんかないとか思ってる。だがそれは本人だけだろう、その控えめな所がとても惹かれる。よくわからないが、一度魅せられてしまうと離れたくなくてつい依存してしまいそうになるような。不思議な感覚がある。
それは俺だけじゃない。と思う。


「……俺だ」
『はぁい、あら、リボーン?貴方から電話なんて珍しい事もありますのね』
「…今からそっち行く」
『いいですけれど…』
「色々あってな、お前に会いたくなった」
『まあ…それでは、準備してお待ちしてますわ!ふふ』
「じゃあな」


すぐに耳元から携帯を離し、電源ボタンを押す。自分から距離を置こうと決めて今こうしている。それなのに、他の女の声を聞けばリラの心地良い声音が聞きたくなる。これはある種リラが招いた病魔なのかもしれない。重症だ。
(治す気も治るつもりもねえけど、な)

クレミスィはスパイなどの情報収集を売りにしているファミリーだ。それ故、ボンゴレのような大規模ファミリーの傘下に身を置いているのだろうが。別に同盟ファミリーの力を頼りにしなければいけないほどボンゴレのそれが非力なわけではないが、ツナはクレミスィの思惑に勘付いていたのかもしれない。
付き合いがある程度深いため、俺が急に出向いてもおかしいと思われない。部下に運転を任せて、俺は後部座席で気だるげに外の景色を眺めて到着を待った。


「では、リボーンさん。ご無事で」
「ああ」

バタン、ドアを閉めると、背後から軽やかな足音がこちらへと向かってくる。あいつしかいないだろう。

「早かったのね!リボーン」
「久しいな」
「そうね、お父様にはお話しておきましたわ。私が招いた事にしておきましたの、そうすれば反対されませんし」
「助かる。じゃあ行くか」
「ええ」


相変わらず豪華な屋敷。中は恐らくこの女の好みで造られているのだろう。趣味が悪い、とまではいかないにしても俺はあまりごてごてした物が嫌いだ。とりあえず長居はしたくない。ここは過去に数度訪れた事があるため、地図を見なくても大体の位置は把握できる。今回はセディカから情報を聞き出し、盗まれた情報を消して行く。
通された面会室に、ここのボス、この女の父親がいた。この男は親馬鹿で娘中心にファミリーを動かしていると思えないことも無い。この親がバカなのか、それとも親を使って裏からボンゴレに取り入ろうとしているセディカが無謀なのか。どうぞゆっくりして行って下さい、という男の言葉に裏は無かった。あまりマフィアには向いていないのではないだろうか。


「さあ、こちらへ」
「…ああ、すまねえな」
「私は飲み物を頼んできますわ。リボーンは私の部屋で待っていて」
「わかった」

セディカが部屋を出て、気配が消えたのを確認した後、小さな声で出て来い、と呟いた。
それと共に、部屋の大きな窓が横にスライドされ隙間が開く。僅かにこちらへ顔を覗かせている男は、以前から潜り込ませていたボンゴレのスパイだ。滅多にボンゴレに戻る事はないが、こちらからクレミスィに来た時のみ、状況を報告させている。


「機密情報を保管してあるような部屋はあるか?」
「…コンピュータールームにそれらしきものが」
「パソコンか。ならデータを消せば大丈夫だな。パスワードは俺がなんとか引き出してみせる。お前は、情報を盗んだスパイの始末を頼む」
「御意」

ス、と消えた直後、あの女が戻ってくる。
(自白剤は流石に、可哀想か)
最終手段としてトランクに入れてはあるが、なるべく使わないように。情報を聞き出しやすい環境を手短に作り上げなくてはいけない。そうなると、あまり気は乗らないが行為の最中がいい。そこで約束を取り付けておけば、まあなんとかなる。
ガチャリ、という音で俺はハッとセディカの方へ視線を持ち上げた。


「リボーンはエスプレッソでよろしかったわよね」
「そうだぞ」
「… 何か私の物に興味がありまして?」
「ん、ああ、アロマオイルのセットが随分充実してるなと思ったんだ」
「あら、貴方もそういうの、好きなのね」
「……嫌いではない。見せてもらっていいか?」


なるべくセディカと肌を触れ合わせたくない。リラといた感覚が薄れていくのを酷く嫌悪していた。仕事だと割り切ってしまう事はできるのだが、今回はそうもいかなかった。心の中で小さな葛藤が起こっている。
(リラがいるのに)
(だが、リラのためでもある)
大丈夫だ、今の俺は本心で動いているのではない。俺の本心はリラの前だけで曝け出せばいい。必死に言い聞かせて、俺は目の前に並ぶアロマオイルをじっと眺めた。



*****
act.20
(こういう任務は今回で最後にしよう)


リボーンサイドです
20090916






あきゅろす。
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