chu×3-11



リラが出て行ってしまったのに、それを追う気にはなれなかった。俺の呼吸音だけが虚しく響く寝室はモノクロに見えて、まるで自分だけが世界から取り残されてしまったような気にさせる。リラがいないだけ、たった一人のしかも出会って幾日しか経っていないその女に、なんでここまで取り乱しているのだろうか。
俺には、どうしても正解がわからなかった。
上に着ていたワイシャツの衣擦れが気持ち悪くなり、乱雑に脱ぎ捨てた。大切なボルサリーノもベッドサイドに置くのが面倒で適当に放った。欲情すりゃいいと思ったんだ。なのに…
(欲情しかけたのは俺だった)
視界を遮るように腕を頭に乗せた。空いている手でパンツのポケットに入れていた携帯を取り出す。アドレス帳のパスワードを入力して一覧を見れば嫌でも目に入る女の名前。


「全部縁切りゃいいか。もう、面倒くせえ…」


基本的に相手が呼んだら出向くという形を取っていたが、そりゃ俺だって偶に遊びたくなる時もあったから、その時の連絡に使っていた。自分がボンゴレの中で比べたらどうか分からないが、一般人よりは遥かに欲の類が強い。どうにも発散できないときに愛人というのは助かる。
今の俺にはそれとの連絡を絶つ事に何の迷いもなかった。残ったアドレスの中から俺はある番号を見つけ、発信ボタンを押す。


「……おい、コロネロ」
『リボーンか。何の用だコラ』
「お前今どこにいるんだ。さっさと俺の部屋に来やがれ」
『はあ?』
「…死にそうだ」
『大丈夫か?まあ、なんのタイミングか知らんが丁度お前んとこ向かってた途中だぜ、コラ。待ってろ』


ブツリと切れた携帯を耳から離し、ベッドの上に置いた。ほんの、少しだがこういう時、コロネロと俺は本当に腐れ縁なんだなと思ってしまう。
暫くして、廊下からアイツ独特のブーツ音がこの部屋に近付いてくるのがわかった。それでも、起き上がるのが怠い。いいか、コロネロだしな。


「おい、来てやったぜコラ」
「おー…サンキューな」
「一応服くらい着とけよ」
「コロネロにそっちの趣味あったのか」
「ちげーよ!」

折角来たのに損した、と溜め息をつきながら向かいにあるソファに腰掛けた。

「……で?何がお前をそこまで追い詰めたんだ」
「…リラだ」
「知るか、コラ。新しい女か?しつこいなら俺が言っておいてやってもいいけどな」
「違ぇよ、新しい女って言うな。そういう枠に納まるやつじゃない。愛人じゃねえ…んだよ…」
「…… 、お前、本当何があったんだ?」


軽く深呼吸をしてから、起き上がり、膝に肘を乗せてゆっくり口を開いた。初めて会った時の話、買い物の話、カーシャとの事。整理して話してみると、俺のテンションが可笑しくなったのは、買い物の時、あいつからの電話の後だ。リラがなんとなく俺に怯えているように見えて、辛い、というのだろうか、とりあえず気分が急降下していった気がする。それでも、リラがいると落ち着く。
なにより、離れていったときのぽっかり空いた 空白が、辛かった。コロネロは何も言わずに俺を見て話を聞いていた。


「、以上だ」
「お前、リラちゃんに会ってから今日で何日だ?」
「ちゃんって付けんな気色悪ぃな」
「るせ、黙れコラ」
「…3日目だ」
「なるほどな。まだそれしか経ってないんじゃ、意見の喰い違いがあっても仕方ねえと思うぜ。お互いの事よく知らないんだろ?」
「かも、な。解り合ってるつもりだったんだ」

すると、コロネロは目に付くすれすれの所で俺に向かって指差した。

「俺じゃ大した事言えねーけど、多分これはリボーンが悪い」
「…は…?」
「お前さ、いつも周りに女くっつけてるから俺もすっかり忘れてたんだが、恋人つくった事あるか、コラ」


こ いびと ?



俺の頭の中にその四文字がぐるぐると駆け巡った。久しく聞いていなかったような、否、寧ろ初めて聞いたような新鮮さがあった。一文字ずつ声に出してみると、前に居るコロネロが変な視線を向けつつ笑っていた。なんだよ…。


「ははっ、やっぱりだぜコラ。お前の話聞いてたら誰だってリラちゃんの事が好きなんじゃないかって思うぜ」
「好き?」
「違うのか?ただ体を重ねるだけの関係じゃなくて。全然違う、中身を伴った愛、だぜ?」
「………」


(好き、俺が、誰を?)
(…そんなの、リラに決まってんだろ)

そんな短い自問自答が、すとんと俺の中に納まった。違和感などなく、それが正解だと言わんばかりで。リラが、好き、悪くない響きだ。というか俺はそれに気付いていなかった、らしい。自覚がない状態でリラにキスして、触れて、その癖好きかと問われて解らないなんて最悪だ。リラがどうして俺を拒んだのか、嫌がったのか、なんとなくわかってしまった。全部俺が悪いんだ。


「復活したみたいだな、リボーン」
「ああ」
「ま、それでこそ俺のライバルだ」
「誰がライバルだ。お前なんか俺の足元にも及ばねえぞ。ただの腐れ縁だ」
「チッ、お前の相談になんて乗るんじゃなかった、もう行くぜ、コラ」
「……… 今回は、助かった」


軽く手を上げて、部屋を出て行った。
気配が消えるのを確認してから俺は立ってワイシャツを掴みボルサリーノを深く被り、急いで部屋を出た。



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act.11


コロネロのリラちゃんって呼び方は、ネーチャンっていう感じの響きです。
20090910






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