A private teacher's privilege.



この人はいっつもずるい。何もかも見透かしているのだと云わんばかりに私を上手く扱うし、上司であるのをいい事に無理難題を押し付ける。そのくせ、伝えた事のない想いをあたかも知っている様に砂糖菓子みたく甘く優しい言葉を掛ける。期待させんなって、それすらも言ったらバレてしまうから、言えない。


「リラ。今暇だよな、射撃練習行くぞ」
「…はい」


ボルサリーノから覗く鋭い視線は、拒否するという選択肢を忘れてしまう。やばい、凄く危険な艶を含んでいる。抗えるはず、ない。


*


ボンゴレアジトの地下に設けられている射撃場は、いつもなら銃声や、煙の匂いが立ちこめているはず。それに射撃をしている者の邪魔にならなければ、と比較的緩い規則なので端の方で談笑をしている者も少なくはないのに。
(誰も居ないんだけど…)
今日、任務が入っているなんて聞いて無いし予定にも入っていない。だからといって休暇を取るという申し出も特にない、し。どうしてなのか、と視線を彷徨わせていると、丁度、半歩前にスっと立っていたリボーンが目に入る。


「まさ、か、」
「なんだ」
「貴方が皆を退室させたのね」
「さーな、だが個人レッスンに観客は必要ねぇだろ。なあ、見られたくないよな、リラ?」
「さっ、触んな!」


何でもかんでも色恋沙汰の話へ結び付けようとする私の部下(ちなみに女性部隊)は、確かに集中力を削がれるかもしれないけど。それよりも、リボーンとマンツーマンの方が数百倍、危険なのだ。彼の手に捕らえられた腕を必死に振り払おうとしたけれど、こいつ、細い体してる癖に力は無駄にあって。男の人なんだ、とこんな時でも見せ付けられているような気がした。


「よし、捕獲完了」
「ひ…ちょ、腰やめてって、腕、ま、回すな…っ」
「なんだよ、ここは感謝されるとこじゃねーか」
「感謝、とか絶ッ対ありえない!只の上司がセクハラしたら貴方こそ、問題じゃないの!?」
「誰が上司だ。俺以外に嫁の貰い手いないだろうに」


本当は、脚を拘束されて無いから逃げようと思えば逃げられるのに、本気で抵抗しないのはリボーンだから、で。彼はそれを知ってるんだろうか。言動こそ癪に障るものだったけど、ちょっとだけ幸せ感じてた。
自分より背の高いリボーンが背後から吹き掛けるように囁いてくる。抵抗なんて、やめちゃいたくなる。


「つか、これはセクハラじゃねえ、練習だ。だから暴れんな」
「…は…?」
「リラ、構えた時の姿勢が悪いんだよ。銃持って立ってみろ」
「う、うん」


定位置に立ち、腰のホルダーから銃を抜き、両手で握りトリガーを発砲のギリギリまで引いた。すると、変わらず背後にいたリボーンの気配が僅かに動いたのがわかる。これは、私を妨害しようとしているのだろうか。集中しようと神経を研ぎ澄ますため、ほんの少しの動きだって嫌でも感じ取れてしまう。

刹那、背筋にゾクリという寒気のような、何かが襲った。


「ん…っや、な、何…?」
「コレくらいの事で気を乱すな」
「リボーン、貴方!」
「一々動揺してたら現場じゃ即死だぞ」
「……ッ(貴方が動揺させるんじゃないの!)」


やらしいとも言えてしまうくらい、吊りあがった口元。もう何と反論していいのか言葉も浮かばなくなってしまって、泣きたくなってきた。キッ、と睨み上げても見下すような黒の瞳は鋭さを弱めてはくれない。もう、リボーンは楽しんでるんだろうな。
彼のペースに呑まれれば、悪いのはリボーンなのに後で説教を喰らう事になるのだ。(それだけは…ッ)悪あがきだと理解していても尚、鳴り止まない心音を必死で落ち着かせようとして、また的へ視線を動かし、銃を構える。
背後でクス、と半ば鼻で笑うような声が聞こえた。ああもう悔しい、悔しい…。


「………(よし)」
「ふ、リラ、俺から逃れようとしてるみてえだが、余計に俺に狙われる事になるって事、どうして気付かないんだ」
「知ら、ない」
「ふぅん」


リボーンが動いた。片腕で強く腰を引き寄せ、顎をもう片手で捉えられてしまった。もう、銃なんて握ってられなくて、熱く沸騰しそうな私の中でカシャン、という落下音がやけに大きく響いた。


「やめてよ!」
「るせえ」
「…ちょ、待って、…ッ!ぁ…っう」


熱い、最初は顔が熱くて、夏でも無いのに汗が額から伝ってくるのがわかって。その熱が徐々に全身にまで行き渡っていってる。こんなの、射撃の練習でもなんでもないじゃないの。
ただリボーンはきすがしたかっただけなんだろ!って叫ぶ余裕ももう、無くなっていった。くちゅ、と態と音を立てるように唇の角度を変えてきて、解放してくれない。恐る恐る目を開いてみると、なんとなく、リボーンの瞳には熱が帯びているように見えた。
(リボーン、エロい、子どもには見せられない顔してる)
なんで、あんたなら綺麗な女の人にモテるだろうし、愛人さんだってきっといるんだろうし、私なんか相手にしなくてもいいじゃないの。考えて、ちょっと虚しくなった。


「っ、は……はぁ…」
「… あのな、俺が態々ただの部下に個人指導なんて、やると思うか。人払いまでして、休みを削ってまで。そんなのやらねえよ」
「だからなに」
「お前存外鈍いな、言う気失せた。自分で考えろ」
「え、…え、あのそれって」


期待、していいの?そんな願いを込めてリボーンを見上げる。鈍いんじゃない、リボーンが紛らわしいだけなんだ。素で女たらし全開な発言しちゃうし、きっとキスなんて挨拶だとか言うだろうし。
期待、でも何でも勝手にしてろよ。そう言われて、私は逆に期待しちゃいけないと、必死になった。そんなこと言われて、もし貴方が遊びだったらどうするんですか。ぽん、と一度頭に手を乗せられて、踵を返し背を向けたリボーンを、私は慌てて追った。



A private teacher's privilege.
(彼は振り返ると共に笑った)
(何でもいい、やっぱり私リボーンが好き、よ)


リボーンの職権乱用とも云う
彼、やばいっす。歩くフェロモンですね。闇夜の帝王ですね。
20090902






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