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トワイライト




「君を写真に撮らせてください」


そう言ったのは自分だけどまさか頷いてくれるとは思わなかったから、僕は少し面食らった。もっと警戒されるのかと思っていた。
校内でも有名な美人、神田ユウ。彼は男であるにも関わらず類い希なる美貌を持ち、女子だけではなく男子からも熱い告白を受けることがあるという噂だ。いや、僕自身もその光景を見たことがある。一蹴されてもなお諦めず付きまとう男に見事な蹴りを食らわせた美人を見て、呆気にとられたのはまだ記憶に新しい。それからだ、彼を撮りたいと思い始めたのは。
一年前に誕生日プレゼントに買ってもらった結構値の張るカメラを気に入り、僕はいろんな写真を撮った。その内趣味になって高校に入学して写真部に入った。だからそこそこ腕に自信はあった。


「下手くそだったら許さねぇからな」

「その心配なら要りませんよ」


イメージは出来ている。駅から歩いて十五分の場所にある公園。そこは周りよりも高い位置にあり、町が見渡せるようになっている。空も綺麗に見えるそこを撮影場所に選んだ。
駅から公園まで移動する際、当たり前だけど僕と神田は肩を並べて歩くことになる。あの神田と一緒に歩いているのだ。明日クラスメートに自慢できるだろう。
道行く人は美しい青年に目を奪われていた。一緒にいる僕は誇らしげな気分になる。


「神田って噂通りですね」

「あ?無愛想だって言いたいのかよ」


噂通り美人だと言いたかったのだが、彼は違う意味に捉えたらしく眉をしかめた。確かにここまで神田は一言も喋らなかったけれど、僕も何を言ったらいいのか分からなくて無言だったから無愛想だとは思わなかった。


「そんな奴に写真のモデルを頼むお前はかなりの物好きだな」

「僕以外に君を撮りたいと思っている人はたくさんいるはずですよ?神田って校内でも人気ですから」

「……お前こそ」

「え?」

「一年に王子みたいな奴が入学したって女子の間では有名らしいけどな」


神田の口からその台詞が出て驚いた。
アレンくんって王子様みたい。クラスメートや部活の先輩から何度も言われた言葉。王子様なんてとんでもない。僕の本性を知ったら彼女たちはがっかりするのだろうか。
恋愛なんて楽しむものであって何かを犠牲にしてまで打ち込むものではない。興味本位で近付く彼女たちに多くを求める僕は誰かと付き合う度小さな傷を負ってきた。所詮彼女たちにとっては僕は青春をするための道具なのだろう。王子だと騒がれても、何にも嬉しくない。


「お前、写真撮るのが趣味なのか?」


ぼうっとしていると、珍しいことに神田から話を振られた。頷くと見せろと手を差し出される。別に断る理由もないので歩きながら鞄を開け、中に入っている何枚かの写真を取り出そうとした。だが、その際に鞄から何かが落ち地面に転がった。何だろうと僕も神田も立ち止まって振り返る。そこにあったのはコンビニで買った飲料水についてきたおまけのストラップだった。
しゃがんで拾うと、同じようにしゃがんで神田が手の中のストラップを覗き込んだ。じっと見つめるその様子に、欲しいの?と尋ねる。一瞬間を置いて、神田はこくりと首を縦に振った。


「こういうの、好きなんですか?」


ストラップは決して可愛いと言えるものではなかった。動物のストラップだが、微妙な表情をしているし着ている服のセンスは悪い。
だが神田は大事そうに鞄にしまった。ちょっと変わった人なんだなと僕は思った。

公園に着く頃には日が傾いていた。オレンジの光が辺りを包む。僕は神田に背景に夕日が入るような位置に立たせてカメラを構えた。そして、レンズを覗き込んだ瞬間息を飲む。
オレンジに溶け込むかのような黒髪が風に揺れ一本一本が星のように輝いていた。夕日をバックに背負っているせいか彼の体は薄く光り輝いているような錯覚を見せる。そしてその神田の表情といったら。綺麗としか言いようがない。
風も、太陽も、空も、空気も皆神田を魅力的に映そうと働きかけているようだった。レンズ越しの彼はこの世のものではない世界に包まれていた。怖いくらいの美しさに、ぞくりと冷たいものが背を走る。目が離せず、僕はカメラを構えたまま固まっていた。


「おい、まだか」


現実に引き戻す凛とした声に、頭が真っ白になり無意識の内にシャッターをきる。それから我に返り数枚写真を撮った。
カメラを降ろすと、彼はふうっと息を吐いて草の上に置いていた鞄を持ち上げる。僕はカメラを仕舞い神田の前まで歩いた。


「ありがとうございました。おかげでいい写真が撮れました」

「俺をモデルにした写真が果たしていい写真なのかは知らないが…俺もありがとう」


礼を言われ僕は驚いた。感謝をするのは僕だけのはずだ。僕は何もしていない。
神田は鞄を開けるとあのストラップを出して見せた。ああ、それかと納得する。


「…今日は、特別な日だったんだ」

「そうなんですか?」

「だから、ありがとう」


俯いてぼそりと再び礼を言うと、神田はさっさと僕を残して公園を出て行ってしまった。気のせいか、夕日のせいか、神田の頬は仄かに赤みを帯びていた。
遠くの空は黒いインクを垂らしたような闇に染まっている。彼を家に送ると申し出るため、高鳴る胸を押さえて僕は白いシャツを目印に走った。





Happy Birthday!





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