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聖母の揺藍歌





いつも任務等で長く部屋を空けて帰ってくると、ベッドの上に無造作に置かれたシーツは薄く埃が積もっている。本当に疲れきって動けない時はそのままそのシーツにくるまって眠るのだが、余裕がある時は総合管理班に頼んで新しいものに取り替えてもらっていた。

まだ昼の内から洗濯された清潔な香りのするシーツにくるまるのはこの上なく贅沢なことだと思う。窓から差し込む太陽の光を浴び、瞼を閉じ眠気に身を任せた。24時間自分を見張っている視線もなく完全にリラックスしていた。だが、微睡んでいく脳を目覚めさす音が耳に入った。
ぱたりと扉を閉める音に続き、こつこつとベッドに近付いてくる足音。それが誰なのか分かるアレンは、声をかけるのが億劫だということもあるが動かずに狸寝入りを続けた。ノックもせずに人の部屋に入ってきた非常識な人物は、部屋を進みちょうどアレンが横たわっているベッドの横で止まる。ぎしりとベッドが軋んだ。そのまま様子を伺っていると、さらりと髪を梳かれた。その手の優しさに、胸の奥に温かいものが広がって思わず声をかけた。


「神田」


ぴたりと手が止まる。忌々しげに舌打ちする恋人に苦笑すると、何笑ってんだと軽く小突かれた。


「暴力反対っ」

「うっせェ!…あの犬はどうした」

「リンクなら上に呼ばれて暫く戻ってきませんよ」


神田はリンクのことを中央の犬と呼ぶ。そのことをリンクは気にしていないようだが、本人の目の前で簡単に言ってしまうところがなんとも彼らしい。こそこそと陰で噂する連中よりも、彼のようなタイプの方が潔くてリンクも楽なのだろうか。
白い頭を叩いた手は、またアレンの髪に絡まった。機嫌がよくなりベッドに腰掛ける膝の上に頭を移動する。おい、と咎められたがそれを無視して膝に頬を擦り寄せた。


「変態か」

「失礼なっ!僕はただ恋人に膝枕してもらっているだけです」

「誰が恋人だ。退け」

「嫌です」


絶対に退くもんかと細い腰に腕を回す。鍛錬を欠かさない神田の足は筋肉がついて寝心地が悪いけれど、それでも彼の膝だというだけでアレンは幸せになれた。
暫く引き剥がそうとやけになっていた神田だが、やがて諦めたのか力を抜いた。それにまた嬉しくなって、口元を緩ませる。

冬は日差しが部屋の奥まで入り込んでくる。日が出ている時間帯は少ないが、冬は昼寝に最適だ。外では落ち葉が風に舞っていることだろう。さっきよりも穏やかな気持ちになり、いよいよアレンは意識を手放そうとした。
その時、耳に澄んだ歌声が落とされた。低い男性の声。誰が、というのは分かりきっていた。この部屋にいるのはアレンと神田のみ。任務で疲れたアレンを包み込むかのように、歌は続く。ベッドの上にある自分のよりも一回り大きな掌を掴み、頬に当てた。その手は拒むことなく、アレンの頬を撫でる。


「何の歌ですか?子守歌?」

「…俺が小さい頃よく聞いていた歌だ」


お前餓鬼なんだし、ぴったりだろ。なんて意地悪そうな笑みを浮かべて子供扱いをするものだから、アレンは頬を膨らませ抗議した。


「三つしか違わないじゃないですかー」

「アホ。三つも違うんだよ」


頭の中で流れる不可解な子守歌。誰のためにこれはあるのか、自分のためにあるのか。全部分からないけれど、彼が今歌っているのは自分のためだって分かるから安心できる。


そうして、愛に飢えた子供は精一杯の愛を与えられ眠りについた。






end





あきゅろす。
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