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無自覚の誘惑






長いようで短いテスト期間が終わった。終わったのはちょうど金曜日。今までずっと自分を困らせていたものがなくなり、おまけに明日から二日は自由な時間がとれるということで帰路に着く生徒たちの顔は晴れやかだった。神田も肩が軽くなったようで、眉間の皺は数本消えていた。
その日の帰り、普段は寄り道せずに真っ直ぐ家に帰る神田が駅前の商店街に寄りたいと言い出した。どうしたのだろうとアレンは不思議がったが、やがて着いたのは郵便局。葉書を数枚だけ買う彼女を見て、あ、そういえばもうそんな時期かとアレンは思い出した。

神田は意外と人望が厚いから毎年たくさんの年賀状を貰う。が、彼女が出す年賀状は限られた数のみ。出す側もそれを了承しているようだ。


「誰に出すんですか?」

「リナリーとラビと義父に」

「何でラビも入ってるんですかぁ〜」

「は?何か悪いことでもあんのかよ」


眉をしかめる神田に、額に手を当てわざとらしく溜め息を吐く。本当にこの人はそういうことには鈍感で仕方ない。あんなにあからさまに気持ちを伝えられたというのに、三ヶ月経った今も気付かずにいる。ここまでくると僅かながらラビに同情を覚えないわけでもない。未成年にも関わらずやけ酒を煽り、ユウの馬鹿ー!と泣き叫んでいたのをまだはっきりと覚えている。
神田は律儀にも手書きで年賀状を書く。ラビの為に何かをする神田を想像して嫉妬するなんて自分はどこまで独占欲が強いんだと嫌になった。


「どうした?」


気分が悪くなったと思ったのだろうか。心配そうに顔を覗き込む彼女の優しさに苦笑した。
こういうところにあの人は惹かれたんだな、とラビに妙な親近感を覚える。


「君は罪作りな人ですね…」

「はぁ!?さっきから何言ってんだ」

「いえ、別に」


追求しようとする神田の手を掴んで、引っ張った。神田は一瞬バランスを崩したが持ちこたえ、手を引かれるままに歩き出す。
さぁ、今日は何を作ろうか。たまには豪華な夕飯もいいが、彼女のために蕎麦を作るのもいい。自動ドアを通り人が行き交う外に出ると、冷気が体温を下げ、ぶるりと身震いをした。さっき、自分も葉書を買えばよかったなと建物を出てから思う。神田も寒いのかぎゅう、と強く握り返してきた。


「寒、い」


普段なら今の時間帯はもっと温かいはずなのに、今日は太陽を空を覆う雲が隠してしまっているせいかとても寒かった。後ろで繰り返される寒いという台詞に、やっぱり今日は鍋にしようと思った。


「だから手袋くらいすればいいのにって言ったのに」

「いいんだよ、これで」

「え?」

「いいって言ってんだろっ!前向け、前!」





(だって、手袋なんてしてたらてめェの手の温度が感じられないだろっ!)





end








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