蜂蜜とミルクの効用 日用品は全て小さいサイズのものが多かった。それは小物を好む彼女の趣味で、二人で住むようになってからは大きいものも買わなくてはならないなと常々思っていたが、未だにその問題は改善させられていない。 小さなポットに水道水を入れ、火にかける。その間に棚から普段彼女が気が立っている時に気持ちを落ち着かせるために愛用している紅茶のティーバックを一つ取り出し、横に置いておいた。お湯が沸くと手早く紅茶を作り蜂蜜とミルクを入れた。 彼女の部屋の前でノックをしようと空いた手を上げると、中から話し声が聞こえた。いや、中には彼女しかいないからきっと独り言だろう。またきっと「もう嫌だ」とか「面倒だ」とか文句を言っているのだ。想像して思わず口元を緩め、そして軽くノックして扉を開けた。 「神田、お茶持ってきましたよ」 明るく声を上げれば、背を向けていた神田が首を回してこちらを見た。その黒目には気力は残っておらず、やっぱりそろそろ限界だったかと苦笑を零す。 「そこに置け」 「はい」 教科書や問題集、教師からもらったプリントに埋まっていない部分にカップを置く。神田はシャーペンを放り投げカップを包むように持ち、まだ充分熱い紅茶に息を吹きかける。神田は猫舌の癖にお茶は熱いのを好む。何度も息で冷まして、ようやくカップを傾けた。甘いものが嫌いな彼女だけど、勉強で疲れた脳は糖分を欲するらしい。一気に飲み干した。 「…眠ィ……」 「だったら五分だけ眠ったらどうですか?詰め込みすぎは体に悪いですよ?」 「うっせェ!明日からはもうテストなんだぞ!」 ガチャンッと荒々しく空のカップを置き、神田は怒鳴った。だったらもっと前から勉強を始めればよかったのにとこっそり溜め息を吐く。自分もまだ不安なところはあるが、やれることはやった。後はもう一度重要な箇所を見直すだけだ。 しかし、そんなアレンとは違い神田は余裕の欠片もなかった。風呂にも入らず、夕飯もちゃんと食べず、帰ってきて早々部屋に籠もってしまった。 「ならもっと前の内から勉強すればいいのに…せめて一週間前から」 「お前までリナリーみたいにぐちぐち言うんじゃねーよ。大体、お前はいつ勉強してんだ」 毎日コツコツ授業の復習をしているのを神田は知らないようだ。先ほど思ったことをそのまま告げるとリナリーの名前を出され、あぁ、あの人も同じことを言ったのかと思った。 「僕は時間の使い方がうまいですから」 「けっ」 ふい、と顔を逸らし、神田は先ほど投げたシャーペンを拾い問題集に向き直った。最終日は問題を解かずに単語を覚えた方が良いのではないかと思ったが、また怒らせてしまいそうなので言わずに黙っておいた。このまま出ていこうか、暫く疲れきった背中を見ながら考える。 ふと、肩に置かれた手に神田が怪訝そうな顔をして振り返った。 「何だ?」 「僕の膝貸してあげますから、少し、寝てください」 しつこく仮眠を勧めるアレンに神田は反論しようと口を開けたが、すぐに閉じた。机の直ぐ横を指され、暖房のついた絨毯の上に座る。それを見て彼女は倒れるようにアレンの膝の上に頭を預けた。 邪魔にならないようにと頭の高い位置でお団子のように纏め上げられた髪を解き、滑らかな髪を梳く。 「十分後に、起こせ」 頷いて数秒後、穏やかな寝息が聞こえてきた。 end |