困らせられるのは君だけ(リチャソフィ) ラント家は、今日も平和だ。 大分大きくなったお腹を抱えたお母さん…シェリアがソファに座りながら休んでいるのを見て、ソフィは紅茶を持ってくるねと一人キッチンに向かう。後ろから火傷しないでね、と言う柔らかい声が聞こえてソフィはうん、と返事をして自然に笑みを零した。ケリーや、お仕事で忙しいアスベルにも淹れてあげよう。フレデリックにコツを教えて貰い紅茶をゆっくりとカップに注ぐと、上品でいい香りが辺りに広がる。 「お上手ですよ。シェリアやアスベル様もお喜びになるでしょう」 「ありがとう。あと、ケリーにもあげたいの」 「それはそれは。ケリー様も喜ばれます。…あと一つ、カップが多いようですが…これは?」 「それは、フレデリックの分だよ。皆で一緒に飲もう?」 「…ソフィ様…!」 そのあと何故かフレデリックが泣き出してしまって、ソフィはおろおろしながらも頭を撫でてあげるのだった。 * * * * * 「――へえ、そんなことがあったんだね」 「うん、私が撫でたらもっと泣いちゃったんだ。変なこと言っちゃったのかな?」 「違うよ。きっとフレデリックさんは嬉しかったんだ」 「嬉しいと、涙が出るの?」 「確かシェリアさんも、アスベルとの結婚式で泣いていたよね」 「うん、そうだった。でも、どうしてだろう…難しい」 「そのうち、きっとソフィにも分かるよ」 「?」 二人だけの秘密基地。 色々とあった出来事をリチャードに話すと、楽しそうに笑ってくれた。言葉足らずで上手く伝えられない時もあるけれど、それでも懸命に…幸せそうに続けられるソフィの話に、きちんと耳を傾けてくれる。笑い合うこんな穏やかな時間が、ソフィはとても好きだった。リチャードもそうだったらいいな、と思う。 「シェリアのお腹に耳を当てたらね、赤ちゃんが動いたのが分かったの」 身振り手振りでその時の状況を伝えるソフィに、リチャードはまた笑みを零した。実に微笑ましいと感じながらも、続きを促す。 「それは凄いね。どうだった?」 「びっくりして耳を離したら、シェリアが笑って、『赤ちゃんがソフィに挨拶してるのよ』って。赤ちゃん、元気で良かった」 「ふふ、早く産まれるといいね。楽しみだろう?」 「うん、楽しみ。私お姉さんになるんだよ」 「そうだったね。ソフィは弟と妹、どっちがいい?」 「うーん…どっちでもいい。でも、両方居ても平気」 「これは、アスベルやシェリアさんも大変だな…」 今度二人に言ってみればいいよ。うん、言ってみるね。こんなやり取りをしながら、二人して真っ赤になるところを想像して、リチャードは喉を鳴らした。それはちょっぴり意地悪な言葉だったのだけれど、当たり前だがソフィは気付かない。それもまた面白い。自分でも理解していたけれど、どうやら親しい人をからかうクセがあるようだと、他人事のようにリチャードは思った。 「シェリアもアスベルもね、幸せそうなの。ケリーも、フレデリックもだよ」 「ふふ、ソフィも幸せそうだよ」 「うん、嬉しい。幸せだと思う」 ふわふわとしていて、とても幸せそうなアスベルやシェリアを見ていると、自然にこちらまで温かい気持ちになる。ふわりと笑顔を浮かべたら、隣に座っていたリチャードが不意に頬を赤らめた。どうしたの?と問えば、何でもないよ、と返ってくる。それ以上は頑なに答えてくれなかったので、首を傾げながらもソフィは何も言わなかった。 「赤ちゃんがお腹に居ると、みんな幸せな気持ちになるんだね」 「それだけじゃないけどね。でも確かに、それも一理ある」 「リチャードも、幸せになる?」 「うん、そうだね。アスベル達は微笑ましいから、僕もそんな気持ちになるよ」 ソフィは今のやり取りに、また首を傾げた。リチャード自身のことを聞いたつもりだったのに、何やら返答の意味が違うような気がしたのだ。もしリチャード自身の子供が居ても、リチャードは幸せな気分にならないのだろうか。いつも幸せで、笑っていて欲しいなと、ソフィは思っているのに。不思議そうにリチャードの顔を覗けば、どうしたんだい?と笑われてしまった。 「リチャードは、赤ちゃん欲しい?」 「…えっ…」 リチャードにとっては、結構とんでもない爆弾発言だったのだが、そんなことをソフィが気付く筈もなく。固まってしまった彼を余所に、ソフィは続ける。リチャードにとって嫌な予感しかしない。 「赤ちゃんが居ると幸せになるんだよね」 「それ、は…そればかりではない、けどね…」 「私、リチャードにも幸せになって欲しい。リチャードも赤ちゃんが居たら、幸せになる?」 「…それは、まあ…」 リチャードにしては随分と歯切れの悪い言い方だ。不思議に思いながらも、ソフィは最大級の爆弾を無意識にリチャードの目の前に落下させる。 「私、赤ちゃんが欲しい」 「…っ、」 ソフィとしては、大切な存在であるリチャードを幸せにしたい一心で真剣に放った言葉だったのだが、何故か相手はかつてない程に赤面して黙り込んでしまった。 「リチャード?」 顔を覗き込むと、リチャードの手が頭に降りてきて、数回撫でられた。何となくだが、誤魔化された気がする。 「ありがとう、ソフィ。でもあまりそういう事は言わないほうがいい」 「どうして?リチャードに幸せになって欲しいよ」 「……その気持ちだけで、僕は充分幸せだよ」 何だか納得がいかなかったが、柔らかい声で笑顔を浮かべたリチャードが嘘をついているようには見えなかった。だからソフィもそっかあ、と笑みを返す。もっと幸せになりたい時は言ってね、と付け加えて。 (からかった罰が当たったのかな…) そのあとリチャードがホッとしたように息を吐いた事を、ソフィは知るよしもない。 もっと幸せになろうよ。 (将来的にはそうなってもいいかな) ----- ソフィはリチャードを困らせられる貴重な存在だと思うよ← |