何だかんだで甘いんだ(ヒュパス)
「ちょっと、パスカルさん」
「ん〜」
「んーじゃありません!身体を出しなさい!」
こたつでぬくぬくとしながらテレビを見ている妻の為、台所からバナナジュース(あとは珈琲である)を持ってきたまでは良かった。其処までは良かったのだが…。お盆に乗せた飲み物をリビングに運ぶ途中で、ついさっきまで居たパスカルの姿が見えなくなっている事に気付いたのだ。もしや…と飲み物をテーブルに置いてから少し身を乗り出して覗き込むと、案の定頭より下はこたつの先程までヒューバートの妻であった謎の生物が居て。それに対して盛大にため息をついてしまうのは、仕方ないだろう。
「だってさ、あったかいんだもん」
「パスカルさんは僕より寒さには強いでしょう」
「そうだけど、寒いのは寒いよ〜」
「こんな時だけそんなこと言わないでください!バナナジュース没収しますよ!」
「ぶーぶー」
「子供ですか、全く…」
のそのそ、とジュースにつられてだが出て来てくれてホッとする。そんなに頭から下がぬくぬくとしていたら寝てしまうのがオチで、その場合いくらパスカルでも、体調を崩してしまうではないか。それが心配で怒っているというのに全くこの人は。
実はこの生物、毎年この時期(こたつの世話になる時期)になると発生するのである。つまりは毎年恒例になってしまっているのだ。風邪を引きますよと注意しながらも、どこか頭の片隅では「ああ、もうすぐ年末か…」なんて季節を感じてしまうあたり、既に末期な気がするが。
…って。
「こら、」
「うーん、ジュース飲んだんだしいいじゃん」
「そういう問題じゃありません!」
色々と考え込んでいる隙をついて、また例の謎の生物に逆戻りしてる!しかもこんなに直ぐ飲み干してしまうだなんて、どれだけこたつむりになりたいんだこの人は!こたつの布団が汚れるから寝て飲まないで、という意味じゃないと分かってやっている辺りが憎たらしい。先程も言った通り、毎年こんなことをしているのだから、分からない筈じゃないのだ。
「ぎゃっ」
「身、体、を、出、し、な、さ、い!」
かくなる上は。
こちらから引きずりだしてやろうと足を掴む。咄嗟にこたつの足に掴まってそれを何とか逃れようとするので、こたつごと動いてしまった。殻は置いて来なさい!殻が無いと死んじゃうよー!なんて実にくだらないやり取りが飛び交う。死んじゃう、だなんて本当にカタツムリ気取りなのかこの人。カタツムリはバナナを好むのだろうか、なんて考えている場合ではない。取り敢えずこたつを定位置に戻すと、ヒューバートはため息をついてその場に座り込んだ。こたつに足を入れて来た為に、諦めたか…なんて安堵しつつパスカルは上機嫌でテレビを見始めた……のだが。
「…ん?」
「……」
「ちょっと、ヒューくん、」
「どうかしましたか、パスカルさん」
どうかしましたか、じゃない。
声から想像するに、絶対今ヒューバートは何事もないような表情をしている。ヒューくん意地悪だ、なんて思いつつパスカルは逃げようと足を引っ込めようとするが、もう片方の手に捕まってしまう。片足だけだが、とてもじゃないが逃げられない。
「ふっ、くく…」
「…静かにしてください。テレビの音が聞こえないでしょう」
「だっ、だってヒューくんが…」
「僕が、なんですか」
「ふっ、あっ、ははは、」
声はやはり平然としていた。
やっぱり意地悪だ!と騒ぎたくなる。今ヒューバートは、こたつの中にあるパスカルの片足を捕まえて、擽っているのだ。何でもないような素振りで。
「ヒューくん、ってば、ははは」
「……くく、」
「笑ってないで、や、やめてよー」
しばらくこたつの中での攻防は続いたが、ヒューバートが堪えきれなくなったようだ。喉を鳴らして笑いを堪えている。そのまま必死に抗議すれば、やっと足を離してくれた。
「やり過ぎました。すみません」
「ヒューくん意地悪!」
「……ふふ、…でもパスカルさんが悪いんですからね」
意地悪!といじけたようにそう言ったパスカルだったが、そのあとに続くヒューバートの声があまりにも柔らかくて。此方もついつい笑いが零れてしまった。
「さあ、もう懲りたでしょう。早く出て来てください」
「やだ」
「……パスカルさん、」
そのままだと顔が見れないですよ、と呟いた夫の声には、もう先程までの注意する色はない。何だかんだ言って、彼はパスカルに甘いのだ。仕方ないですね、と折れてしまいそうになってしまっている。妻はまたクスリと笑って、顔を覗き込んでくる夫にちょいちょい、と手招きをした。やれやれ、と言いたげに此方に回り込んでくるヒューバートの腕を捕まえて、そのまま自分の隣にすっぽりと入れてしまう。こたつで隣同士、向かい合う。ちょっと狭いけれど、そんなことはあまり問題では無かった。
「これなら顔、見れるよ」
「…風邪を引きますよ」
「引いたらヒューくんが看病してくれるでしょ?」
「全く、貴女という人は……」
仕方ない、とつかれるため息すら優しい。そのまま頭をそっと撫でられて、唇に降るのはあったかいキスだ。そのままぎゅっと抱き締められて、幸せだなあ、なんて思いながらも背中に腕を回すのだった。
「…どうでもいいがな。お前ら、俺が居ること忘れてるだろ」
テーブルの上に2つあった珈琲が零れないようにと持ち上げてやったというのに。久しぶりに遊びに来ていたマリクは、盛大にため息をついた。まあもっとも、口元はニヤけていたけれども。
こたつむりと旦那さん。
(うわああああマリクさん!!)
(うわあああとはなんだ、失礼だな)
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