好きです、今までもこれからも(ヒュパス) アパートの一室。 こたつに互いに向かい合うように座りながら、呑気に鼻歌を歌いつつカセットコンロの準備をしている人物に、ため息をついた。 すき焼きパーティだなんて、一体誰が言い出したんだっけ。 高校に通うヒューバートは人よりちょっと勤勉の、至って普通の男子学生である。学校では風紀委員なんかも努めている。「真面目」の塊であるかのような彼が、何故異性と二人きりでアパートの一室でこたつを囲みながら鍋の準備をしているのか…。それは目の前の人物、パスカルの提案だ。…と、兄であるアスベルから聞かされてはいるのだが。 彼女―――パスカルは兄や近所に住むシェリアと同じクラスの大学生だ。幼い外見や言動(近所に住むソフィがお気に入りで、見つけてはよく追い掛け回している)をしているが、ヒューバートよりは年上の先輩である。しかも普段のことからは想像もつかないほど、秀才だ。失礼ながら、一見そんな風にはとても見えないのだが…。彼女がカセットコンロに火を着けたのを合図に、一応頭の中に回っていた疑問を、ヒューバートはパスカルにぶつけてみる。 「あの、パスカルさん」 「んー?」 「何故僕の部屋で、急にすき焼きパーティなんてすることになったんです」 「あれ、弟くんすき焼き嫌い?みんなですき焼き楽しいじゃん〜!あたしは好きだけどなあ、みんなでワイワイするの」 「いえ、そうではなくて。何故僕の部屋なんですか」 「そこ?」 「…え、」 「気になるのって、『急にすき焼きパーティー』のとこじゃないんだ」 見透かすようなパスカルの瞳と視線がかち合う。じゅう、と牛脂が鍋の底で溶ける音がする。何となく、彼女の声がワントーン下がった気がした。 「いいじゃん、別に二人きりじゃないでしょ」 「今は、二人きりでしょう」 二人きり、という単語を口にすると、考えないようにしていたことを嫌でも意識してしまう。その為照れ臭さを誤魔化そうとして顔に力を入れ過ぎて、睨んでいるようになってしまった。声色こそさほど変わってはいなかったが、先ほどからパスカルは鍋に目線を合わせたまま、こちらを見ない。意図的に反らされているのだと、チクリと胸が痛んだ。素直じゃない自分のせいなのに。 「アスベル達もこれから来るって。それ、あたしが弟くんの部屋に来て欲しくないみたいじゃん」 「……そんな、ことは」 「無理しないでいいって。前から思ってたけど、弟くんってあたしのこと嫌い…だよね。よくあたし、怒らせちゃうしさ」 でも優しいから、いっぱい世話焼いてくれたんだよね。そう続けられた言葉にヒューバートは無意識のうちに奥歯をぎりりと噛み締めていた。この先輩は、普段は天然でぶっ飛んだ行動を起こしたりするクセに、変なところで鋭い。そして鋭いクセに、鈍い。どうして分からないのかと、自分のことを棚に上げた勝手な怒りが込み上げる。…それから、上手く気持ちを行動や言葉に出来ない自分自身にも。 きっと彼女に冷たい態度ばかりを取ってきた。誤解されても仕方ない。意識してそれを気付かれるのが恥ずかしくて、つい避けてしまったりもした。でも自分はパスカルのことを嫌いだなんて一度も思ったことはないのだ。出会った当初は苦手意識はあったかもしれない。しかしそんなものは最初のうちだけだ。直ぐに彼女の明るさが様々なものを取り払ってしまったから。 「弟くんとちょっとでも良いから仲良くなりたくて計画したんだけど、逆効果だったみたいだね。…ごめん、そんな顔させるつもり…嫌がらせるつもりじゃなかったんだよ。信じて」 苦笑いする、先輩。 気付いたら、体が動いていた。両肩に手を置けば、目の前の琥珀色が、大きく見開かれる。 目が離せない、放っておけない。蓋をしていたそんな想いが、いつの間にか溢れだしてしまった。いつも笑顔で、出来るなら傍に居て欲しい。ずっと見守っていきたいとすら思う。本当は目の前の自由で幼い先輩のことが、 「好きです」 ふわふわと揺れる髪も、綺麗な琥珀色の瞳も。明るい笑顔も人懐っこいところもくるくると変わる表情も自由な言動ですらも 「好きです。貴女のことが」 顔が焼けるように熱い。 情けないことに最後のほうは弱々しくて涙声のようだった。格好悪くて死にそうだ。でも今度は、パスカルから決して目を反らさなかった。対するパスカルは、うろうろと目線を泳がせている。心なしか、ほんのりと顔が赤い。 「や、やだなあ弟くん。そんな言い方したら流石のあたしも誤解しちゃうよ」 「誤解してくださって構いません。僕は本当に、」 「わーわー!!分かったからもう言わないで!」 「一度言ってしまったらもう怖いものなんてありません!!貴女に伝わるまで何度だって言ってやりますよ!二度と嫌われているなんて思わせません!」 一気にまくし立てると、しばらくはきょとんとしていたが、意味が伝わったのか擬音をつけるなら『ボンッ』という音が鳴りそうなくらいに顔を赤らめたのが今度ははっきりと見えた。きっと自分の顔も更に真っ赤なのだろうとヒューバートは思う。その証拠に、パスカルは可笑しそうに笑いながら、次第にぽろぽろと涙を流し始めた。 「…顔、真っ赤だよ…」 「…貴女もでしょう」 「うん…うん…」 顔をくしゃくしゃにして、言葉を続ける。弟くんに嫌われてなくて良かった。あとね、好きって言われて嬉しいよ。だからきっと、あたしもヒューバートが大好きなんだね。思いがけない可愛らしい言葉の羅列に、益々顔を赤くしたのはヒューバートのほうだった。悔しくてそっと頬に口付けをしてみたが、やはりパスカルは擽ったそうに笑うだけだった。一人恥ずかしさをどうにも出来なくなってしまったヒューバートは、ああもう!と彼女を力いっぱい抱き締めるのだった。 「ふぎゃっ!弟くん、苦しい…」 「しっ、しばらくそうしててください!」 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人の傍らで、鍋の中の肉は、すっかり味が染み込み火が通り過ぎ哀れな姿になってしまっていた。もっとも二人がその事に気付くのは、もう少しあとなのだが。 さて。 何処まで買いに行っているのだろうか。買い出しに行っているアスベル達はまだ戻らない。大方マリク校長辺りに唆されて、ヒューバートとパスカルを二人きりにする時間を作っているに違いない。 (ごめんごめん、なんか校長がスーパーで中々放してくれなくてさ…ってどうした?二人共) (な、なんでも…ありません) (そ、そーそー、何にもないよー) (ヒューバート、顔赤い。大丈夫?) (そそそんなことありませんよ!) (…二人きりの間に、何かあったのかな?) (り、リチャード先輩!) (えっ!何があったの!?ああ〜聞きたい!教えてヒューバート!) (何もありません!!ほら、さっさとすき焼き作りますよ!) (…アレ?なあヒューバート、この鍋の中の肉は一体…) (うっ、) (……フッ) ------ 教官(校長)はスーパーで年甲斐もなく『あれが欲しいこれが欲しい』と理由を付けてはアスベルを引き止めてました← |