アセロラC(ヒュ→パス) (ED後、未来の系譜編前) (オリキャラ出ます。注意) ラムダとの戦いから一月ほどが過ぎた頃だ。自分が抜けていた間に多少溜まってしまった仕事を片付けたり、他にもするべきことなどが山積みで、相も変わらず忙しい日々をヒューバートは送っていた。 そんなヒューバートを見兼ねて、働き過ぎも良くない。息抜きでもしてきたらどうだ?と声を掛けたのが大統領であるダヴィドである。 (…此処はいつ来ても変わりませんね) 輝術の研究が盛んな街、セイブル・イゾレ。いくら息抜きとはいえ、まさかストラタから離れる訳にもいかず、他に行くところも特に思い付かず…何となく足を運んだのが此処だった。周りの景色が代わり映えしないとはいえ、来るたびに何かしらの発見があるこのセイブル・イゾレは幼い頃よりストラタで育ったヒューバートにとって、他国に誇れる場所の一つだった。無論、ユ・リベルテの豊かな水や穏やかな雰囲気もそうだ。とにかくこの場所も、ヒューバートは嫌いではなかった。もっと言えば、『研究者』が集まる街ということが、何となくではあるが少し前まで一緒に旅していた仲間の一人を彷彿させるから…ということでもあったのだが、それについては本人は全く気付いていないようである。 無意識のうちにパスカルさんは元気だろうか、なんて言葉が頭に浮かび、『なんで今パスカルさんが出て来るんだ』と考えを追い払うように首を振る。久しく逢っていないのはアスベル達も同じである筈なのに、何故だか急に彼女の声が聞きたい気がする…のはそうだ、気のせいである。断じてそんなことあり得ない。うん。 「…ん?」 ふと。 視界の端に一瞬赤い何かが映り込んだことに気付いた。なんだ今のはと目を凝らせば、少し離れた場所に今頭に思い描いていた人が、何やらバタバタと騒がしく色々を見て回っているではないか。ヒューバートは驚きのあまり一瞬眼鏡を落としそうになったが、慌てて押さえつける。何故彼女が此処に……不幸中の幸いなのか、今の時点でパスカルはこちらに気付いていない。何故だかさっきのこともあり顔を合わせづらい声を掛けづらい。ここは何も言わずに去ったほうが無難だろうか。だがしかし見付けてしまった以上無視をするのも…なんてごちゃごちゃと考えているうちに、パスカルに一人の男が近付いていた。 「パスカル、そっちはどうだい?」 「そうだね、だいぶ集まったかな」 思わず凝視する。 その独特のグラデーションを持つ髪から察するに、パスカルと同じくアンマルチア族の技術者だろう。とても親しげに会話しているその様子に、胸の辺りが急に騒ぎ出すのが分かった。なんだ、これは。以前、パスカルがマリクと一緒に風呂に入る等と戯けたことを言った時にも感じたものである。自分でもよく分からないが、とにかく気に食わない。気付いた時には、苛々した気持ちに急かされるようにパスカルの方に近付いていた。 「…パスカルさん」 「んっ?あ、弟くんだー!久しぶりだねえ」 「お久しぶりです…。パスカルさんは何故セイブル・イゾレに?」 「ちょっと仕事絡みでね〜。色々資料を漁りに来たんだよ」 一瞬驚いた表情を見せたパスカルだったが、ヒューバートと分かると直ぐに口元を綻ばせた。その様子に一瞬毒気が抜けかけたが、その隣に居た人物がポンと彼女の肩に手を置いたことでまた胸の騒つきがぶり返してしまった。 「パスカル、彼は?」 「ああ、弟くん…じゃ分かんないか。ヒューバートだよ。ホラ、あたし達旅してた仲間だったんだ」 それを聞いたあと、男は此方に向き直ってふわりと笑みを浮かべる。どこか挑戦的な瞳を浮かべたまま、手を差し出してきた。居心地の悪さに一瞬顔を顰めるも、ヒューバートも手を差し出し握手を交わす。 「初めまして、マルクです」 「ヒューバート・オズウェルです」 「ああ、貴方がオズウェル少佐ですか。お話は伺ってますよ。その節はパスカルがお世話になりました」 「…これはどうも」 マルクと名乗った男の物腰は、とても柔らかい。だが、目が笑っていなかった。『かつての仲間』だからだろうか。どうも彼は此方に対抗心を燃やしているらしい。言葉を交わしているうちに何となく気付いたのだが、どうやらマルクはパスカルに好意を抱いているようである(最も、パスカルはそれに全く気付いていないようだが) 「失礼ながら少佐は、パスカルとはどのようなご関係なのですか」 「先程パスカルさんが説明した通りですよ。何か不都合でも?」 「……いえ、何も」 「そーそー、弟くんは仲間だよ。変なこと聞くなあ、マルクは」 それがこの少しトゲがあるような態度に繋がっているのだと考えに至って、ヒューバートは内心ほくそ笑んだ。何を馬鹿なことを。パスカルさんとはただの仲間であって、対抗心を燃やすようなことは何もありはしないというのに。 其処まで考えて、またチクリと痛む胸に気が付いた。先程から感じている苛々といい、この痛みといい…自分は一体どうしてしまったのか。やはり大統領閣下の言う通り、仕事のし過ぎで疲れているのかもしれない。我慢の限界だった。 「…じゃあ、僕はこの辺で失礼します」 「えっ?ちょっと待ってよ弟く」 「僕は貴方達の邪魔するつもりはありませんので。忙しい中時間を取らせてしまってすみませんでした。それでは」 こんな酷い態度。最低だ。 自分でも驚くぐらい冷たい声。 パスカルの言葉に被せるようにそう伝えて、そのまま歩き出す。後ろで彼女が何かを叫んでいることすらスルーした。そうでもしないと、苛々に任せて何か余計なことを言ってしまいそうで。それ程に今、ヒューバートの頭の中は荒れていた。『気に食わない』『腹が立つ』『最低だ』ただそれだけが頭を占める。心を落ち着かせようと、深呼吸をする。そして何故こんな気持ちが出て来てしまったのかを整理する為に次に行うのは自問自答だ。今までだって機会は何度もあった。だがそれ以上掘り起こせば逃げられなくなるという直感があったのだ。しかしこれ以外に、こんなにも感じる苛々や胸の痛みを押さえる術を、ヒューバートは知らなかった。 (何故気に食わない?) (いや、何が気に食わない?) ――パスカルさんがあの人と喋っているのを見ていたら、嫌な気持ちになって苛々した。 (関係ない筈なのに、何故苛々した嫌な気持ちになる?) ――分からない。 ……否、違う。この気持ちを僕は知っている。この感情の名前もだ。もっと前にも感じたことがある。 (では何故、彼女に対してその感情を抱いてしまうのか) ―――それは、 …それは。 其処まで考えて、思考が一瞬だけ停止する。彼女のことでこんなにも苛々するのは、きっと僕が彼女―――パスカルさんのことを。 (好き、なんだ) そう。 きっと、前から惹かれていた。 だがずっと見てみぬフリをしていた。認めたくなかったのは、自分のプライドが許せなかったからだ。しかしそれ以上に恐かった。純粋な彼女と居れば居る程、自分が汚れている気がしたのだ。彼女と自分は違う。だからこそ、その明るさに強く惹かれてしまっていたのに。それに気付いてしまって、とうとう認めざるを得なくなった。いつの間にか、嫉妬で苦しくなる程にこんなにも焦がれてしまっている自分が居る。 「弟くん!」 「!」 「ねえ、なんで急に行っちゃうの。あたしの話聞いてよ。まだ言いたいこといっぱいあったんだよ?」 突然のことに身体が硬直する。 ぎゅっと掴まれた腕は、振り払えなかった。ただ、触れた部分が可笑しなぐらい熱を持っていて、情けないことに涙が零れそうで、振り返ることは出来なかった。必死に追い掛けて来てくれたのか、背後のパスカルは少し息を切らしている。顔から火が出てしまいそうなぐらい、熱を持っているのが分かって、恥ずかしくて仕方なかった。 (パスカルさん、) 先程別れる前に、素直じゃない自分では言いたくても言えなかった―――伝えそびれてしまっていたことがあった。 『会えて嬉しかったです』 『仕事、頑張って下さい』 本当は、伝えたかったんだ。 苛々とプライドが邪魔をして素直になれなかったけれど。 「ねえ。弟くんに会えて、あたしすっごく嬉しかったんだ」 その言葉に思わず振り向けば、パスカルは楽しそうに口元を緩める。『僕もです』『先程はすみませんでした』色々と言いたかったけれど、やはりそれは口から出てはくれなかった。それでもパスカルは、気にしていない素振りでいつも通りふわりと笑う。まるで何もかも見通しているかのように。 「さっき資料探し一段落したんだ。弟くん、暇なら一緒に街回らない?」 弟くんと回ったら、きっと楽しいと思うんだ。ね?何事も無かったかのような明るい声だった。 そうだ。いつだって、彼女のこんなところに救われてきた。時々自己嫌悪してしまう程に素直になれず、捻くれたことしか言えない自分を。それすらも受け入れる。許してくれる。いつもは子供みたいな人なのに、時々こうしてヒューバートよりも大人びた部分を見せるのだ。こういう時に自分がやはり年下なのだと思い知らされて、悔しい思いもするけれど。 仕方ない、ですね。 やっと口から出た言葉は、やはり可愛げの欠片もない。それでも必死に絞り出した小さな声だったが、今度はちゃんと聞こえたらしい。パスカルが、ゆっくりと微笑みを浮かべた。 ライクじゃなくてそれはラブです。 (パスカルさん、貴女が好きです) ----- ア アイリスの予感 セ センチメンタルなんて、 ロ ロマンチック・バスタイム ラ ライクじゃなくてそれはラブです。 アセロラ(愛の芽生え)をテーマにしたヒュパス連載もどきでした! |