卑怯で臆病(ヒュパス前提リチャ→パス)
(学パロ)
いつからだろうか。
昼休みの短い時間に、二人で他愛もない話をしながら過ごすようになったのは。ある時屋上で昼寝していた彼女―――パスカルを偶然発見して。そこからいつの間にやら、一緒に昼食をとりながら会話をする間柄になっていた。
無意識の内に他人との間に壁を作ってしまうリチャード。しかしパスカルと過ごしている時は、そんな壁は感じない。寧ろずっと自然体で居られるとすら思うのだ。これも彼女の人柄故なのだろう。こちらが勝手に作ってしまった壁など、易々と飛び越えてくる。
「ねえ、リチャード」
「ん?」
リチャードがお茶に口をつけた時、急に呼び掛けたのはパスカルだ。どうしたのかと見れば、バナナパイに噛り付いて、モグモグと口を動かしている。やれやれ、とゆっくりとした自然な動作で、リチャードの指が口の周りに付いたパイの欠片を拾った。付いてるよと言おうとしたのだが、勿体ないと思ったのかそのまま指がパスカルの口内に吸い込まれてしまう。
「ん〜、取ってくれてありがと!美味しいよ?このバナナパイ!」
「それは良かった」
内心どきりとしたが、此処で動揺するのは格好悪い気がして、リチャードは何事も無かったかのような表情のまま、お茶を口に含んだ。そもそも、彼女が突然訳の分からない行動を起こしたりするのはよくあることなのだ。だから、そう。とにかく動揺なんてしたくなかった。
「あ、そういえばさっきの話だけどさ」
唐突に変わる話題。
これも日常茶飯事だ。パスカルの大きな瞳がこちらを覗いてくる。それに映っている自分の顔が、あからさまに普段通りでなくて焦った。いや、基本的に彼女は鈍いだろうから気付かないだろうけど。
「ああ。どうしたんだい」
「リチャードさ、何か悩んでるでしょ」
「…」
ああ、そうだ。
パスカルという人物は、変なところで鋭かったりするんだ。相も変わらずこちらを覗き込んでくる琥珀色。綺麗だなあと素直に、そして場違いなことを思う。吸い込まれてしまいそうな程に、それは澄んでいて。
「そう思う?」
「思うよー。最近なんか変だしさ」
胸が痛い程に苦しくて。
逃げ出してしまいたくなる。
「…気のせいじゃないかな」
「あーっ、また顔反らした!やましいことがあると見れないって言うよね」
「……何もないよ」
「…ぶうー。友達なのにつれないなあ」
「ふふふ、ごめん。でも本当になんでもないんだ」
「そっかな〜」
今は普通に笑えているだろうか。自分でも分からない。『友達』という単語を聞いた時に、顔が強張ったりしていなかっただろうか。
パスカルは、友人だ。
それ以上でもそれ以下でもない。それなのに胸が騒めいてしまう自分がいた。気付けば目で姿を追ってしまうのだ。でもずっと追い掛けていたから、気付いてしまった。彼女が無意識の内に、青い青年を追い掛けていることに。きっとあの子が想いを告げれば、二人は結ばれてしまうだろう。
彼女に対して隠し事は無意味だし、したくはないと思ってはいるけれど。でもこれだけは気付かれる訳にはいかない。パスカルのことを想っている振りをして、臆病な自分は気持ちを伝えることすらしない。分かっていることだけれど…なんてまた言い訳を並べては自己嫌悪。
「あっ、予鈴鳴ったね」
「うん。そろそろ行こうか」
そうだね、とパスカルが笑う。
リチャードも微笑みを返す。
悩みの正体を、彼女は知らなくていい。彼女と少しでも一緒に居たくて、ズルい自分はこうして気の良い友人の振りをして傍に居る。こんな意地の悪くて醜い気持ち、早く消えてしまえばいい。
ただ僕らは相変わらずの距離にいて
(それ以上は求めないから、気付かないで)
(たとえばぼくが様)
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