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ありがとう、ごめんね(リチャパス)




「リチャード」



自室で束の間の休憩をしている時だった。不意に、後方から声が掛けられる。その声色は彼女にしては珍しく、少し叱るようなそれで。久しぶりに聞いた声なのに、自分がそんな風に歪ませてしまったことが、ちょっとだけ悲しい。リチャードがゆっくりとした動作で振り向くと、予想通りというかなんというか。見るからに怒っているパスカルが目に入った。



「…久しぶり、だね」

「久しぶり、じゃないよ。目の下どうしたの?」

「っ、」

「隈、出来てるじゃん」



かつて無いほどにピリピリとした空気を纏ったパスカルが、リチャードの目の下に指を這わせた。

見ての通り、睡眠不足だ。勿論理由として、仕事が忙しいのもある。だがしかし一番の理由は、色々と考えてしまって中々熟睡出来ていないことにある。只でさえ幼い頃より権力争い等ですり減らした神経。そしてその染み付いた習慣(クセのようなものか)のお陰で、ちょっとした物音で目を覚ましてしまう。―――それに加えて。ラムダに入り込まれていたとはいえ、自分は三国間を混乱に陥れた張本人なのだ。その責任は絶対に果たすべき義務であることは承知している。頑張ってはいるのだが、それでもやはり直ぐに信頼は取り戻せるものではなく。民の中には良く思っていない者も当然ながらまだまだ居るのだ。故に益々、多少自分の身体に負担が掛かっていても、職務をこなし続けてしまう(今でさえ休憩中にも関わらず仮眠すら取らず、仕事に役立つであろう知識を蓄えようと、本を読んでいたのだ)。恐らく本人も薄々気付いているが、今のリチャードは精神的にも肉体的にも、かなり限界が近くなっていた。



「大丈夫だよ、大したことじゃない」

「大したことあるよ」

「…大丈夫だから、」

「………」



俯いたまま、黙り込んでしまったのはパスカルだ。前髪に隠れて表情が分からない。沈黙が痛い。途端に不安に駆られたリチャードは、顔を覗き込みパスカルさん、と名前を呼ぼうとした…のだが。それは虚しくも失敗に終わってしまう。


不意にパスカルがリチャードの腕を引っ張り、頭をギュッと抱き締めたからだ。ちょうど顔の辺りに胸がくることになり、力強く押し付けられている為に思うように息が出来ないことも合わせて、これにはリチャードも二重の意味で焦ってしまった。



「パスカルさ…」

「リチャード。寝なよ」

「…え?」

「あたし、傍に居るから」



リチャードがきょとんとしているのが顔を見なくても分かったが、パスカルはそのまま言葉を紡ぐ。



「リチャードが頑張ってるの、知ってる人たくさん居ると思うよ」

「…」

「そんな人達に心配掛けないようにするのも、『責任』って奴なんじゃない?」




(取り敢えず寝ちゃおうよ。起きて元気が出たら、また考えよう。1人で抱え込まないで、みんなでさ)




其処まで言えば、グッとパスカルの肩に置いた手に力が入った。しかしそれとは対照的に、ゆっくりと力が抜けていくのは足だ。抱き締められたまま崩れるように座り込むと、リチャードは情けないなあととても小さな声で呟いた。




「パスカルさんが居てくれるの」

「や?」

「嫌じゃないよ。嫌じゃ、ない…」

「そっか。あたしそれなりに強いから、安心していいよ。もし何か来ても、追っ払っちゃうからさ」

「そうだね。パスカルさんは強い…羨ましいよ」

「リチャードも強いよ」

「…そうだといいね」

「そうなんだってば」



ゆっくりとそのままベッドに倒れ込むリチャード。引っ張られて隣に倒れたパスカルに、リチャードは微かに笑った。




「手を、握っていてくれるかい」




不安定に手を繋いだ




(たとえばぼくが様)


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