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逃げない逃がさない逃げられない(リチャパス)



ふと気付くとパスカルの目の前には、男性にしては綺麗な顔立ちのリチャードが居た。宿屋の一室。ベッド脇に座る彼女に立ち塞がるようにして、顔を挟むように壁に手をついている。目の前の青年よりは多少長く生きているが、生憎とこうして壁際に追い詰められる経験は今までに無く、どうやってこの場から逃げ出そうかを必死で考えてみるも妙案は思い浮かばない。そもそも、だ。何故こんなことになってしまっているのか。

確かリチャードが部屋に訪ねて来て。珍しい事もあるものだとは思ったが、拒否する理由もないので招き入れたのだ。そのあとも普通に会話をして、笑ったりしていたのだが……一体何を拍子にこうなってしまったのだろう。うーん…とパスカルは首を捻るが、やはり答えは出なかった。


その様子をただ黙って至近距離から眺めていたリチャードが、クスリと笑みを浮かべた。




「パスカルさんらしいね」

「ん?」

「随分と余裕そうだ。考え事かい?」

「ま、そんな感じかな」



片方は仲間の一人に壁際に追い詰められ、もう片方は追い詰めているにも関わらず。普段と変わらない声色での会話だった。顔は至近距離であり、端から見れば危ういような雰囲気だというのに、それを全く感じさせない。互いにそうしてしまっているのだろうか。またクスクス、と喉を鳴らしてリチャードが笑う。それを不思議そうにパスカルが見上げた。




「当ててあげようか」

「…何を?」

「今考えてること」




見上げた仲間は、先程よりも意地悪そうな表情を浮かべている。『あーあ、せっかく綺麗な顔してるのに台無しだよ』なんて思いながらも、じゃあ当ててみてよと返してみた。不意に、片方の腕が壁から離れる。そのままその手が髪の毛を梳き、ゆっくりと頬まで下がってくる。




「どうしてこんなことになっているのか。どうやったら逃げられるのか」

「おっ、当たりだよ」

「どちらの疑問にも、僕は答えてあげられる。どうする?」

「意地悪だなあ。其処まで言ったんなら教えてよ」

「…そうだね。ごめん」



スルリ、と。
指がパスカルの顎まで降りてきた。擽ったさに身を捩るが、固定をされてしまってそれ以上動けなくなる。リチャードと視線が交わって、瞳が熱を帯びていることに気付いた。もしかして。いや、もしかしなくても彼は。逃がしてはくれないんじゃないかと、今更ながらに理解した。




「一つ目の答え。パスカルさんが好きだから」

「……」



その言葉に反応して、赤く染まったのはパスカルの頬だった。意外にも押しに弱い彼女。意味さえきちんと伝われば、こんなにも可愛らしい反応を見せてくれる。リチャードはその反応に満足そうに目を細めた。



「二つ目の答えは……流石にもう気付いたかな?」



気まぐれな猫のような彼女。その気持ちがこちらに向いているのを、果たして本人は気付いているのだろうか。だがもう逃がしてやる気は、ない。降参だというようにパスカルが頭を垂れた。



「「…逃がさない」」





重なった言葉のあとに降る、たくさんのキス。そのあとに続けようとした台詞も、呼吸と共に全部リチャードに飲み込まれてしまって、パスカルはもうそれ以上喋れなくなってしまった。





黙ってキスでもしようか



(たとえば僕が 様)


あきゅろす。
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