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アセロラA(ヒュ→パス)



(あんな風に俯いて、言葉を失うパスカルさんは初めて見た)



かつてパスカルが行なっていた火の原素を抽出する研究。彼女が危険だと判断して中止したそれを元に、フェンデルで火の大輝石―――大紅蓮石(フォルブランニル)からそれを抽出をするべく、研究が行われていた。その研究資料を持ち出し、携わっていたのは他でもない、パスカルの姉であるフーリエ。それを突き止めた一行は彼女の研究所に赴き、中止するように訴えた。だが、その際に姉が今まで妹に抱いていた劣等感が爆発してしまい、姉妹の間に溝が生まれてしまったのである。互いに互いの言葉で傷付いたような表情を浮かべていて、とてもじゃないが見ていられなかった。



(――っ、どうしてこんなに焦ってるんだ。僕は…)



いつも元気で明るい彼女が今にも泣きそうな顔で俯く。無駄なことは嫌いだ。そんなものは出来るだけ省きたいし、今はそれよりも優先的にやるべきことがある。それなのに、パスカルのそんな様子を見ていたら胸の奥が騒めいて、いてもたってもいられなくなって。



「しっかりして下さい!お姉さんを救えるのは、貴女だけなんですよ!」




気が付いたら、らしくない言葉で彼女を慰めていて。驚いたパスカルの顔が、次第にゆっくりと緩んでいく。ソフィに頭を撫でて貰いながら、パスカルは少しだけ泣いた。その様子が、何故か脳内にこびり付いて取れない。泣いて欲しくないと、心の隅でそんな言葉が浮かびさえしたのだ。全くもってらしくない。頭を振ってから、ヒューバートはため息を零す。

窓の外は相変わらずの天気だ。この辺りで一度休息をとろうと訪れた宿屋の一室。そのベッドの端に座り、読書をしていた筈なのに…いつの間にか、パスカルのことを考えていた。この前のことがあってから、ふと気付けば彼女のことばかりが頭をちらついて落ち着かない気分になる。周りに居ない時でさえそんな気分にさせるだなんて…なんて迷惑な人なんだと半ば八つ当たりのようなことを考えてみたり。




『お前はアイツに気があるのかと思ったが』




不意にこの前のマリクの言葉が頭に過って、ヒューバートは顔をしかめた。今もそんなことは断じて認めるつもりはない――が。しかし何故こんなにもパスカルのことを考えてしまうのか。やはりあの人物が、目が離せないぐらいに危なっかしい人物だからなのだと自問自答。マリクが期待しているような、そんなことでは断じてない筈だ。そもそも、自分とパスカルのどこにそんな要素があるというのだろう。きっとそんな考えに至ること自体が間違っている。其処まで考えて、ヒューバートは本を閉じてスッと立ち上がる。マリクが抱いている期待と誤解を、面倒なことにならないうちに早々に解く為だ。



「…ん?」



だが、それは行動に移せないで今日は終わることになる。ふとヒューバートが窓の外を見ると、今の今まで考えていた人物が雪が降る中いつもの薄着で、しかも傘も差さずに座っていて。




「……またあの人は…!」




見てしまった以上無視は出来ないと内心言い訳を繰り返しながら、ヒューバートは宿屋から外に出るのだった。



* * * * *



「貴女は何をやってるんですか!」

「わっ、弟くん!?びっくりしたあ〜」



傘をパスカルの方に傾けて声を掛ければ、びくつく小さい肩。怒ったような口調になってしまったので、仕方ないのかもしれないが…ほんの少しだけ、それに傷付いた自分が居たことに内心驚いてしまった。だが表面上は平然を装えているようだ。ズレてもいない眼鏡を押し上げてから、ヒューバートは言葉を続ける。



「驚いたのはこっちのほうです!全く、風邪を引きますよ。早く宿の中に…」

「じゃあ弟くんは先に戻ってて!あたしは寒いの平気だからさ」

「そういう問題じゃありません」

「えーっ、じゃあどういう問題?」

「……」



…本当に分かっていない顔だ。
何だか頭を抱えたくなった。僕じゃなくて、このままじゃ貴女が風邪を引くでしょう!と言ってやりたかったが、『心配してくれてる』と思われるのも何故か恥ずかしく(否、実際かなり心配しているが対応に困る)、言葉を選んでいるうちにどういう態度でいればいいか訳が分からなくなってきた。ああもう、話題を変えよう。ヒューバートはまたため息を一つ。あまり見慣れない白い息が、目の前でゆっくりと消えた。




「…何を、していたんですか」

「ん…?」





一度考える素振りをしてから、パスカルは視線を空に移した。その表情は、どこかうかない。だが、普段より真剣みを帯びた顔だった。



「…雪を見てたんだ。こっちもさ、火の原素を上手く取り出せれば…もうちょい住みやすくなるんだろうね。でも色々、問題は山積み」

「……」

「お姉ちゃんがさ、あたしのことあんな風に思ってるなんて知らなかった。あたしがお姉ちゃんを苦しめてたなんて、今まで…」

「……」

「でも、あたしが途中で止めちゃった研究をお姉ちゃんは諦めないで続けてた。凄いよね。お姉ちゃんがどう思っても、あたしにとってはやっぱり憧れだよ」




そう言って苦笑するパスカル。
それを見れば、チクチクと痛む胸。姉妹間のことに関しては、自分が彼女に出来ることはほぼ無い。だが、大紅蓮石を使った実験を開始する前に阻止する努力はすることが出来る。



「だからこそ、フーリエさんの努力を無駄にしない為に…彼女の頑張りでフェンデルが無くなる、なんて事態にならない為に。僕達で何とかしなくてはいけませんね」

「……うん」




それを言ってからくるりと此方を振り向いたパスカルに、一瞬思考が停止してしまった。傘がある分、かなり近くに居るからである。彼女は此方をジッと見てから、プッと噴き出した。それにはヒューバートもむすりとしてしまう。人の顔を見て噴き出すだなんて、失礼な人だ。



「…なんです」

「あ、ごめんごめん!やっぱり弟くん優しいなあーって思ってさ」

「……」

「だって寒いの我慢してるから、鼻と頬っぺた赤くなってるよ」

「……っ!」



パスカルの両手が、ヒューバートの頬を包んだ。これには違う意味で頬が熱くなる。もうどうしたらいいか、分からなくなってしまった。拒否すればいいのに、身体が硬直してしまって動かない。



「ちょっ、パスカルさん、何を…」

「ん?頑張った弟くんにご褒美。少しはあったかいでしょ?」

「べっ、別に寒くありませんから、離してください」

「えーっ、ダメだよもうしばらくこうしてなきゃ。頬っぺたムチャクチャ冷たいよ…って、アレ?そうでもない…?」



これは一体、なんの罰ゲームだとヒューバートは思う。寧ろ熱い?と不思議そうに覗き込む彼女。ああもう、限界だ!ヒューバートは何とかパスカルの手を振り払うと、傘を押し付けて宿屋に早足で戻っていく。恥ずかしくて今にも顔から火が出そうで、情けないことに今は振り向けそうになかった。



「あっ、待ってよ弟くん!もうちょっと見せ」

「知りません!!」

「えー…なんでいきなり不機嫌?なんかしたかな、あたし」



彼女の言葉に被せるようにそう言って宿屋の中へ。扉を閉めたあとも、どきどきと激しく胸を打つ心臓。それは緊張した為か、それとも―――。




センチメンタルなんて、
(貴女には似合わない)




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必死に抵抗しようとすればするほど、ずぶずぶと深みにハマっていってる感じ。早く認めなさい←


あきゅろす。
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