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安眠剤(ヒュパス)




ぐす、ぐす。
嗚咽を洩らしながら、小さな子供が泣いている。これは夢なのだろうか。泣いている子供をなんとか泣き止ませようと近付こうとしたが、身体が一切動かない。よく見れば周りの景色はなく、真っ白な空間だ。その非現実的な景色に夢だと結論をつければ、先程から少しだけ感じていた恐怖は無くなった。



「どうしたの?」



ぐす、ぐす。
尚も泣いている子供。泣きじゃくる男の子にそっと近づいたのは、女性だ。でも何故だろう、こちらからではよく顔が見えない。でもその声はどこかで聞いたことのある声だった。確かに喉元まで名前が出掛かっているのに。それなのに、どうしてもその言葉が見付からない。まるで頭の中にぼんやりと霧が掛かっているかのようだ。



「お腹空いたの?」

「ううん」

「じゃあ、どうしたの」

「……さみしい。みんな僕を置いてっちゃうんだ」



少しだけ間を空けて、たどたどしい口調で子供は言う。それに対して「そっか」と答えると、女性はおもむろに少年を抱き上げた。そっと頬擦りをして、抱き締める。



「大丈夫だよ。あたしはずっと一緒に居るから」




置いて行ったりしないよ。
だから、もう泣かないで。




少し離れた場所に居る筈なのに、その言葉だけは耳元で聞こえたのかと思うぐらい、ひどくはっきりと聞こえた。嗚呼、そうだ。あの子供を自分は知っている。引っ込み思案で泣き虫。兄の後を着いて回っていた頃の―――



そして、あの女性は。
気付いた瞬間に、何故だか自然に涙が零れた。涙なんて、随分流していなかった(否、流せなかった)。情けないと思いながらも、尚も止まらない涙。夢の中でならば、いくら泣いても構わないのだろうか。



「――パスカル、さん」



今まで声すら出なかったのに、するりと喉から出たその名前。聞こえたのだろうか、『パスカル』がこちらにゆっくりと視線を向けた。




「泣き虫さんだなあ、ヒューくんは」




困ったように笑って、そこに佇む彼女。大丈夫だよと言って、ふにゃりと表情を和らげた。次の瞬間、辺りは眩しい光に包まれる。あまりの眩しさに、ヒューバートは目を閉じた―――




* * * * * *



次に目を開くと、天井が目に入った。夢から覚めたのか。そして、確か自分は体調を崩して寝ていたのだと思い出す(軍人ともあろう者が…情けない)。左手で頬に触れれば泣いた跡がある。ぼんやりとしているともう一方の手を強く握られた(気付かなかっただけで、今までずっと握られていたようだ)。不思議に思ってその先を辿れば、パスカルが自分の近くに居たので一瞬だけ息が詰まってしまう。



「……っ、」

「目、覚めた?」

「ぱっ、パスカルさん何して…」

「何って、手を握ってるんだよ。ギュッギュッとね」

「……」

「あれ、怒っちゃった?」

「…いえ…」




ヒューくんうなされてたからさ。手を握ったら、和らぐかな〜って。聞いてもいないうちから説明をし始めるパスカルに苦笑すると、ヒューバートは繋がれている手を自分から握り返した。驚いているパスカルに気付かないフリをして、目を瞑る。




「…もう少しだけ、こうしていて下さい」

「えっ、あ、……うん」




案外、こういう時パスカルは押しに弱かったりするらしい。そのまま黙り込んでしまう彼女。ヒューバートはそのことに少しだけ笑った。我ながら柄じゃないと思いつつ、これは熱に浮かされているからだと言い聞かせて。




「寝る?」

「…ええ。でもまだ、手はこのままで…」

「……うん」



口数が少ないパスカル。
どうやら、珍しく照れているらしい。心の底で困らせてしまったことに謝罪をすると、ヒューバートはゆっくりと意識を手放した。今度こそ、幸せな夢が見られることを願って。




おやすみなさい、良い夢を。
(悲し過ぎる夢には、もうならない)



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たまにはヒューバートから甘えてもいいと思うんだ。パスカルさんがうなされるヒューの手を握ったことにより、悲し過ぎる夢にはならなかったって話でした。


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