[携帯モード] [URL送信]
パパって呼びたい(ヒュパス)




此処まで来る迄に色々と苦労はしたものの(もとより苦労は承知だが)、なんとか気持ちが通じ合い、ヒューバートとパスカルは夫婦になった。相も変わらず妻は研究熱心で、普通に生活する上で必要最低限のこと(食事やら入浴やら)を忘れないよう、徹底管理しているのは夫であるヒューバートの役目であった。そうでもないと食事はバナナだけでなんとかしようとするし、一度研究の為に部屋に入ったらそのまま1週間ぐらい出て来ない…なんてこともザラだ。今はいいが、もし自分が一時的にでも何処か違う場所に派遣された場合、帰って来た後が恐ろしいと想像するだけで悪寒がする(どうにかして一緒に現地に連れていけたら良いのだが、そういう訳にもいかないだろう)。



苦労の連続である。
しかしながら、好きな人との結婚生活は日々幸せで溢れていた。その事を噛み締めながら毎日を過ごしている。妻の話によると、ヒューバートは旅をしていた頃よりも、よく笑うようになったらしい(部下からは雰囲気が少し丸くなったとも言われている)。もっとも、自分にその自覚はないのだが。




「…やっぱり要らないや」

「どうしたんですか?」




その異変は、唐突に訪れた。
いつものように大好物のバナナを食べようとした妻が、眉を寄せて食べることを止めたのだ。放っておけばそればかり食べようとするぐらい――文字通り、三度の食事よりバナナが好きなあのパスカルが、である。そんなことは彼女と出会ってから一度も無かったと、ヒューバートは記憶している。これには大層驚き、目を見開いてしまった。これは一体何事か。しかしきっとただ事ではない筈だ。



「どこか体調が悪いんですか?」

「…分かんない」

「……分かんない、って…。熱は無さそうですね」

「でも食べたくない」

「……」



慌ててヒューバートがパスカルの額に手を当てるが、特に熱はないようで。食欲がないだけか?いやしかしあのパスカルがバナナを食べるのを拒むなんて―――。どうしたものかと色々思考を巡らせる。大袈裟だと思われるかもしれないが、これは結構な一大事なのではないかと思ってしまう。しかし、そんな夫の思考を知ってか知らずが、妻はポツリとこう言った。



「なんか、オムライス食べたい」

「オムライス、ですか?」

「うん」



思わず聞き返してしまった。食欲がない、訳ではないのだろうか。しかし何故そのチョイスなのだろう。オムライスは、他でもないヒューバートの好物であった。バナナ料理以外をリクエストしてくるだなんて、何の前触れだ。だがどことなくいつもの元気がなさげに見える妻が心配だった為、ちょうどお昼時だった事もあり、取り敢えずヒューバートは要望通りにオムライスを作る。そしてパスカルは、それを実に綺麗に平らげた。一応は空腹だったのだろうか。食べてくれたことにホッとする。



「いやー、ヒューくんのオムライスってこんなに美味しかったんだね!」

「どうも…って、今まで何回も作ったことあるでしょう。何を今更言っているんですか」

「そだっけ?なーんて冗談冗談!」



別に泣いてなんかいない。
これはアレだ、汗である。


オムライスなら毎食でもいいなあ〜なんてらしくないことを言って退ける妻にええっ!?と驚いて、取り敢えずは落ち着く為に咳払いをしてみる。ヒューバートはそんなことよりも、とパスカルの目を見て、真剣な顔をした。




「一応病院で見て貰ったほうが良いんじゃないですか?」

「え〜っ?いいよ、別に。オムライスなら食べれるんだしさ」

「だから、それがもう既におかしいでしょう!?貴女が大好物のバナナを食べないだなんて、よっぽどのことです」

「そっかな?確かにバナナは好きなんだけど…なんか食べたくなくなったんだよね」

「……バナナもそうですが、オムライスばかり食べる訳にはいきませんよ。栄養が偏ります」

「でもな〜、なんか他は食べたくないんだよね〜」

「………」



おかしい。
本当にどうしたのだろうか。昼食を食べたあとだから、食欲がないだけなのか(その話以前の問題な気がするが)。取り敢えずは様子見で夕食の時間まで待ってから考えようとしたヒューバートだったが、夕食も文字通りオムライス以外を口にしようとしなかった為、嫌だ嫌だと騒ぐ妻を宥めながら病院に連れて行くのだった。




* * * * *



病院からの帰り道。
すぐ走り出そうとするパスカルを嗜めて、転ばないようにするという理由で繋いだ手。何となく緊張した面持ちのヒューバートを、彼女は不思議そうに覗き込んだ。



「どったの、ヒューくん。元気ないね?」

「…何故パスカルさんのほうが平気そうなんです」

「何が?」

「話を聞いていなかったんですか貴女はっ!!」



至近距離での大声にパスカルは痛そうに目を細める。それに対してすみません、と謝る夫に笑って、気にしてないよと告げる。ちゃんと話は聞いてたよ、とも。眼鏡を外し、不安げに揺れる瞳を隠すように、パスカルはヒューバートに口付けを一つ落とした。



「…心配しなくっても、ヒューくんなら大丈夫だよ」

「……何を根拠にそんな、」

「とにかく大丈夫だってば。それとも、嫌だった?」

「そんな訳ないじゃないですか!…寧ろ…喜びの気持ちが強いです…」

「じゃあもっと嬉しそうな顔、して?」

「…っ、」



じっと見つめてそう言えば、赤面するヒューバートにまたパスカル笑う。何を不安になっているんだろう。何だかんだ言ってもやはり妻のほうが歳上だからか、こういう時は彼女のほうがどっしりと構えている気がする。 情けない、とヒューバートはこっそりため息をついた。あたしだってこんなに嬉しいのに〜と幸せそうにいうパスカルに、こちらも釣られて笑ってしまった。



「これから宜しくね、パパ!」

「…その言い方は、やめて下さい…」



先ほどよりふわふわと、足取りが軽い帰り道。これからも自分は、妻に振り回されたりしながら生きていくのだろう。しかし、それも悪い気はしない。そんなことを想いながら、幸せを更に噛み締めて妻と歩く。そしてこの出来事を兄夫婦にいつ報告しようかと、また頭を悩ませるのだった。




悩み事すら幸せに
(これからも、きっと)




------
夫婦ヒュパス!
妊娠ネタ好きだーっ。


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!