どうして貴女だったんだ(ヒュパス)
日だまりの出来る窓がある廊下を抜けて、突き当たりの奥の部屋。一度深呼吸をしてから、そっと扉をノックする。
「パスカルさん。体調はどうですか」
窓際にあるベットの上で、上半身だけ起こして彼女は其処に居た。虚ろな瞳は、ただこちらを見つめている。自分がただ写されているだけの、無機質な鏡のようで。何度見ても慣れないそれに、ヒューバートは背中にヒヤリと冷たい物を感じた。
「…シェリアが、バナナパイを作ってくれたんですよ」
手渡したバナナパイを、パスカルはただぼんやりと見つめる。かつては三食それだと言っても可笑しくはない程、バナナが大好物だった彼女とは思えないぐらいの薄い反応に、胸が痛くて仕方なくなる。
――どうして。
どうして、彼女がこんな目に合うのか。握った拳に爪が食い込む。悔しい。何故自分はあの場で彼女を護れなかった。
『わーい、シェリアのバナナパイ大好き!ヒューくんも一緒に食べようよ!』
歳上だとは思えないぐらいに子供みたいな笑みを浮かべてバナナパイを頬張るパスカルがふと頭を過り、じわりと目の前が歪んだ。
(―――さん、パスカルさん!!)
敵との戦闘中、パスカルが倒れた。予想以上に相手に苦戦し、深手を負ってしまったのだ。皆が顔面蒼白になってしまう程のもので、真っ赤に染まったパスカルを見たとき、あまりの衝撃にヒューバートは呼吸が止まってしまうかと思った。今思い出しても身体が震える。三日間生死の境をさ迷い、辛うじて峠は越えたものの、目を開けた時はその時のショックの為か口をきくことはおろか、ほぼ何に対しても反応をしなくなってしまった。
「パスカル、さん…」
ただぼんやりとしているパスカル。泣きそうになるのをグッと堪え、バナナパイを食べさせてやろうとフォークで一口サイズに切り分け、口元に運んでやる。食べてはくれたものの、やはり反応はない。目頭が燃えるように、熱い。
(何故彼女がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ)
―――どうして。
理解していても、そう何度も考えてしまう。またあの笑顔が見たいだなんて、実現する可能性が低いだろうことを考えてしまう。
(彼女は僕を庇ってこうなってしまったのに)
(僕が、こうなれば良かったのに)
身体の震えが治まらないヒューバートを、ただパスカルはぼんやりと見つめていた。
君らしさが死んだとき
(僕の幸福も消えてしまった)
(たとえば僕が 様)
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