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結婚相手は誰ですか?(ヒュパス)




それはみんなで夕食をとったあと、ぽっかり空いた時間。食休みがてらに本を読み始めたヒューバートを見付けたらしいパスカルが、近くに座ってきた。一瞬だけピクリとして、こちらを『何ですか』と言いたげに見つめる仲間に、パスカルはにひひと悪戯を思い付いた子供のように笑う。その笑顔に胸がぎゅっとした自分を叱咤して、平常心をなんとか保とうとヒューバートが必死になっていることを、当の本人は気付かない。


「ねえ。弟くんは将来結婚とかするの?」

「…はい?」

「結婚だよ、結婚!」



…何ともまあ唐突な話である。
パスカルという人間と暫く交流をしてみて分かったことだが、彼女はいつもこうだ。若干ズレてしまった眼鏡の位置を直しつつ、ペースに飲まれてなるものかと気張った結果、いつも以上に深い皺がその眉間に刻まれた。…はずなのだが、やはりパスカルには通用しない。あまりに普通に話を進めてくるのが、何となく悔しい。


「……突然なんですか?」

「今日シェリアが、結婚は女の子の夢とか色々と語っててさー。ま、あたしは興味とかないんだけど」

「…で?その流れでどうして僕に質問する気になるんです」

「ホラ、弟くんって少佐って地位なんでしょ?だからそれなりにいいところの女の子と結婚するんだろうなあ〜って思って。ただの興味本位だよ」

「……え、」

「そういうものなんでしょ?」


いつも通り、元気いっぱいな笑顔でそんなことを言われた。なんだか立ち直れないぐらいにショックを受けているような…そんな気がするが絶対気のせいだ(悔しいから絶対認めたくない)。何故貴方にそんなことを…という言葉が若干震えたような。いやいや気のせいだ。


「いーじゃん!興味あるんだし、教えてよ」

「関心があるないの話ではありません!」


つい勢いよく言ってしまった。一瞬ハッと彼女を見るが、そこはパスカルである。『ぶー、弟くんのケチ』なんて声を上げて頬を膨らませているだけであった。それに何となくホッとして、仕方ないとため息をつく。薄々自覚しているが、自分は兄にも弱いがパスカルにも弱かった。


「…まあ、いずれはそうなるでしょうね」

「へえ〜じゃあお見合いとかしちゃうんだ?弟くんってばオトナだねえ!」

「貴方のほうが歳上でしょうが!」

「ん?そりゃまあそうだよ。当たり前じゃん」

「……はあ…」

「あーららっ。ため息つくと、幸せ逃げちゃうぞ〜」

「貴方のせいで疲れたんです!」


心なしか頭痛がする。
なんでこんな意味のないやり取りをしているんだ。嫌というほど温度差がある自分達に、少し凹んできてしまうのは仕方ないことだろうか。うんうん、と頷きながら話を続ける少女にもう一度ため息を吐く。何故自分はこんなにも彼女に揺さ振られるのか。無意識とはいえ勘弁して欲しい。


「そっかそっか〜。なんか弟くんって結婚するイメージないけど、やっぱりそんな感じなんだなあ。あっ、結婚式とかにはあたしも呼んでね!」

「…あまり乗り気じゃありませんがね」

「ええ〜っ!なんで!?そういう時ぐらいあたしちゃんとお風呂入るし、美味しい食べ物だってきっと出るし楽しいよ?」

「そういう時じゃなくても毎日入って下さい!…って、そういう話をしてるんじゃありません」

「じゃあ、なに?」

「だから、結婚の話です」

「へ?」

「あっ」


きょとんとしたパスカルが、首を傾げる。気付けば、我ながらかなり勇気がいる台詞を吐いてしまっていた。深く追求されては限りなくマズいのに。


「弟くん結婚が嫌なの?」

「……いえ…」

「えー、ちっとも分かんないよ。じゃあ何で乗り気じゃないとか言うのー?」

「……」


パスカルがこちらにズイズイ近付いて訝しげに見つめてくるものだから、思わず視線を外してしまった。マズい、非常にマズい。何故かといえば顔がかなり熱を持っているのが分かるので、ヒューバートはパスカルを見るに見られなくなってしまっていたのである。それでもなんとか顔を合わせようと顔を覗き込むパスカルを阻止する為、反射的に彼女の目を手の平で覆う。


「ぎゃっ!」

「あ、貴方という人は…!少しは落ち着きなさい!」

「いきなり何すんの弟くんー!」

「いいからそのままで黙ってて下さい!!」



嗚呼、どうしよう。
心臓がこれまでにないぐらいにうるさい。暫くは治まりそうもないのに。



「お見合いじゃなくて。もし。もし手が届くなら、僕は――」



声が情けなく震える。
悔しいけれど、もう隠しようもないぐらいに惹かれている。目の前の少女に。だからお見合いなんて、きっと自分は断ってしまうから。



「好きな人と、結婚したい」



かなりの勇気を出して言った瞬間に、手の平に冷たい何かが伝った気がして。驚いて手を離すと、パスカルの大きな瞳から大粒の涙がぽたぽたと零れていた。



「パスカル、さん…?」

「あれ、なんであたし泣いて…っ…ごめん、弟くん…」

「っ、パスカルさん!!」



腕を掴もうとしたのに。
そのまま走り去る姿を、ただ呆然と見ることしか出来なかった。





続く。


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