こんな筈じゃなかったのにな(ゼロスとしいな)
※ロイド達に出会う前。
※暗い。しいなを拒絶するゼロス注意。
昔一度だけ、素の自分を出してしまったことがある。
あれは、いつだったか。
しいなとちょっとした話をしていた時だ。アイツが俺に対して良くないイメージを持っているのはいつものことだった。言い争いも、いつものことだった。何故なら俺は誰に対してもヘラヘラとして、常に『偽りの自分』を作り出している。それはしいなに対しても同じことで。だから、それは仕方のないことだった。
何が原因だったのかは分からない。恐らくはちょっとしたことが原因だと思う。とにかくアイツと口喧嘩になって。
そして、その日はどうしてか俺の機嫌は最悪で。
「…ったく、こんな救いようのないアホなのになんでキャーキャー言われるんだい。どうせテセアラの神子っていう上っ面だけしか見てないから黄色い悲鳴をあげるんだよ!」
「……半分」
「…はあ?」
「んーにゃ、当たってんじゃね?しいなにしては上出来だぜ」
「何だってアンタはそう一言多いんだい!」
「へーへー。悪うございました」
「殴るよ!」
いつもなら受けてやる拳。
今はそんな気分じゃなかった。
ぱしっと軽い音を立てて、しいなの腕を捕まえる。(おーおー目ェ見開いて間抜けヅラして)そんな普段なら可愛く見える表情も、今は神経を逆撫でするだけだった。
(そ。半分だ)
お前がそうアホアホ言ってるところも、所詮『神子ゼロス』の面だろ。俺は誰にも素のツラを見せたことなんかねェ。んで周りの奴らがキャーキャーいうのはしいなが言った通り神子だから。神子になんてなりたくてなった訳じゃねェしそもそもそんな柄じゃない。第一俺は、生まれてきちゃいけない命だったのに。
(……なんて、言える訳ねェけど)
別に、素の自分を理解して貰おうだなんて思っちゃいない。とにかく、この日の俺はすこぶる機嫌が悪かった。本当なら、誰とも口をききたくないぐらいにだ。しかしそんな自分の思考とは裏腹に口からはテンションの高いいつもの『俺さま』。まるで口だけが切り離されたかのように言葉を紡いで。…吐き気がする。
「でもよー、しいなちゃーん」
「何がしいなちゃんだ気味悪いね。それよりいつまで掴んでるんだいアホ神子!離しとくれよ!」
「えー?離したら殴るだろ〜?」
「当たり前だろ!!」
「つーかさ、しいな」
「ああもう、何だってんだい!!」
───お前だって上っ面だけしか見てねェクセに。
自分自身でゾッとする程に、冷えきった声が出た。
これでもかってぐらい微笑んでやったら、しいなの顔から血の気が引いていって。そこで我に帰りハッとする。嗚呼馬鹿みたいだ。恐がらせたかった訳じゃないのに。俺としたことが…我慢なんて、いつでも出来ていた筈だったのに。
「な、なーんちゃってなー!俺さま、しいなの前じゃ常に本音だぜぇ?」
茶化すようにそう言って、パッと握っていたしいなの腕を解放する。もうこの腕は自由になった。そう、だから早くいつもみたいに殴れば良い。そうすれば俺だってきっといつもみたいに返せる。この空気をなんとか出来る。いつもの俺様とお前に戻れる筈だから。
「……」
「なんだなんだあ?驚いて声も出ない…」
‥ぽす。
胸部辺りに軽く当たった拳。
「…馬鹿」
そのまましいなは走って行ってしまった。
「馬鹿、か…」
なんだこれ。涙が出そうだ。
ズキズキと胸の辺りの痛みが酷くなる。
同感だよ。
言わなくても良いことを言って。
傷付けなくていいアイツを傷付けて。
(理解されなくて、上っ面だけしか見られてなくて仕方ないのに。他でもない、自分が頑なに隠してしまっているのに)
(アイツは、何も悪くないのに)
「ほんっと、俺さま最悪」
今までで一番弱かったあの手が、今までで一番痛かった。
自嘲することしか出来ない。
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