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魔術師登場
「はー……」
僕はクリスティアナ様に腕を引かれて歩きながら、ぽかんと辺りを見回していた。
城の建物内に入ったのは初めてだ。
磨き抜かれてつやつやと輝いている石造りの床、美しい壁紙が続く長い廊下、大きな窓の枠には繊細な彫刻、高い天井にも幾何学的な模様。
正に別世界!
長い廊下を抜けて、階段から地下へ。
両脇の壁には昼間だというのにランプの明かり。まあ、地下だから太陽の光が届かないからなのだろうけど。
「ジーン、いる? いるわよね、当たり前よね!」
階段を降りてすぐのところに、大きな扉があった。
その扉を乱暴な手つきで開けた彼女は、凛として響く声を上げる。
そこはとても広い部屋だった。ランプが無数に取り付けてあったが、少し薄暗い。
たくさんの本棚、そのそばにある机の上にも開きっぱなしで放置されている本。
「ジーン!」
さらにクリスティアナ様が叫ぶと、部屋の奥から衣擦れのような音がした。
そして、真っ黒な裾の長い服に身を包んだ人が現れる。
さらさらと流れる長い金髪、切れ長で深い蒼の色が印象的な双眸、怖ろしいまでに整った顔立ち。
一瞬、女性かと思ったその人から、酷く野太い声が漏れた。
「こっちはまだ寝てたのよ、うるさいわね」

……男。
すっごい美形だけど男?
僕はびっくりしてまじまじとその人を見つめた。女性にだって、これほどに綺麗な人は滅多にいないんじゃないかって思えるのに。
彼――ジーンは不機嫌そうに鼻を鳴らしてクリスティアナ様を軽く睨みつけていた。

「仕事しなさいよ、暇なんでしょ?」
クリスティアナ様は近くにあった椅子に腰を下ろし、ぶらぶらと両足を揺らしている。
「暇じゃないわよ、夕べだってずっと本を読んでて寝不足だってのに」
彼はそう言った後、壁に取り付けられている巨大な鏡を覗き込んで自分の頬を撫でた。「寝不足はお肌の敵! 解ってるのに嫌になっちゃうわあ」
「そんなのどうでもいいわよ」
「よくない」
キッ、ときつく睨みつけてきたジーンだったが、すぐに僕の姿に気づいて目を細めた。
「誰この子」
「あ、えーと」
僕が何て答えるか悩んでいると、ジーンが僕に近づいてきて、頭の上から足のつま先まで観察する。
「将来イケメンになりそうね」
そして、彼が意味深に笑ったものだから、僕の背中に厭な汗が流れる。

変態。
そうか、変態なのか。

何で、クリスティアナ様が僕をここに連れてきたのかが解らない。
恨みがましい目つきでクリスティアナ様を横目で見ていたら、彼女はケラケラと笑った。
「何かよく解らないけど、気になるのよ、彼」
クリスティアナ様は変なことを言う。「わたしの勘は当たるのよ。知ってるでしょ?」
「動物的勘ってことかしら」
ジーンは唇を歪めるようにして応える。クリスティアナ様の眉が苛立ちを露わにして、跳ね上がるのが見えた。
「ま、いいわ。変態魔術師、また相談があってきたのだけど」
「やだわあ、この国の王女様ってば、人使いが荒いしー」
ジーンは天井を仰いで肩をすくめる。それを見て、クリスティアナ様が椅子から立ち上がって声を上げた。
「普通、宮廷魔術師ってのは王家の人間に従うものでしょ!?」
「普通はねー」
「じゃあ、あなたも」
「決していい意味だけで使われる言葉じゃないわよ、普通って」
ジーンは嫣然と微笑む。静かではあるが、何だか凄みを感じさせる声だった。

美形は何だか色々得なんだな、とか僕は考えていた。
とりあえず、僕は色々な意味で関係者ではないと思っていたし、早くこの場を離れたかった。
しかし、気づいたらクリスティアナ様が僕の腕に絡みつくようにしがみついてきていて。

「この子と一緒にメリルを探しにいく約束をしたの」
「はあっ!?」
僕は慌てて声を漏らした。しかし彼女の言葉は止まらない。
「わたしが城から脱走して問題を起こす前に、あなたが何か解決策を考えなさい!」

これって脅迫じゃないのかなあ。
僕は泣きたくなりそうだったけど、何て言ったら解らず、ただ交互に王女様と魔術師の顔を見つめていた。

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あきゅろす。
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