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勝手に話は進む
誰もいない家に帰るというのは、少し寂しい。
僕は右手に持った紙包みを持て余したまま、帰途についた。
僕の家は街の外れにある。家自体はそんなに大きくないが、代わりに庭が広かった。
高い柵に覆われた住処は、庭に青々と茂る木々や植物にもよって隠されているようで、まるでちょっとした林にも思える。
そして、厳重なくらいにに立派な鍵のかかった門を開け、またまた大きな南京錠のかかった玄関を開け、部屋の中へ。
手探りでランプに明かりを灯すと、たくさんの雑多な小物に溢れる部屋が現れる。
……父さんはいつ帰るんだろう。
何となく、心が沈む。
相談したい時にいない。
早く帰ってきて欲しい。
僕はため息をついて、手にしていた紙包みをテーブルの上に置いた。
それから、ランプを手に庭へと出る。
鬱蒼と茂る植物。咲き誇るたくさんの花々。
それらは、父と僕が丹念に手入れしてきたものだ。
そしてその中に、メリルは咲いていた。淡い紫色の花弁。けして派手な花ではないが、清楚な美しさがあると思う。
僕はその花弁を摘んで、さらに庭の中を歩く。調合に必要なだけの植物はある。
ただ、もし調合して薬にしたとしても、クリスティアナ様に渡すかといえば……渡さないほうがいいのだろう。

僕が物心ついた時には、父と二人暮らしだった。母の顔は覚えていない。
一度、母がどんな人だったのか父に訊ねたことがある。しかし、父は困ったように僕を見つめ返すだけだった。
だから、それきり訊いてはいない。
父は母のことを教えない代わりに、他のことをたくさん教えてくれた。
庭師としての仕事よりも、もっと別なこと。
怪我をした時に、どれが薬草として使えるかとか。
毒草の見分け方とか。
剣の使い方、身の守り方、戦い方。
この世の中を平和に生きていくための手段、争い事を避ける方法。
そして、身につけた知識や力を隠していたほうが、上手くいくってこと。

だから、きっとメリルから調合してできる薬も、クリスティアナ様には渡さないまま終わる気がする。
僕はその夜、調合した丸薬を小さな布袋に入れた。
一応、念のためだ。
渡すつもりはないけど。
僕は次の日、布袋を服のポケットに入れて家を出た。

「ジュリエッタお姉さまは、まだ十八歳よ」
僕が城の庭園の手入れをしていると、朝も早いうちからクリスティアナ様が姿を現した。
適度な大きさの飾り石の上に座り込んで、色々と話しかけてくる。
「この国にはわたしたち三姉妹しか跡取りがいないでしょ? だから他の国から王子さまを迎え入れようってことらしいんだけど」
まあ、それは当たり前のことだろう。
王家の人間なら、政略結婚くらいするはず。ただ、今回は舞踏会でジュリエッタ様の気に入る男性を見つけようというのだから、国王陛下も心が広いと言うべきなのか。
長女、ジュリエッタ様。
次女、キャロライン様。
三女、クリスティアナ様。
皆、それぞれ個性的な方だと思う。
噂によれば、長女のジュリエッタ様は才女だとか。真面目な方で、次期の王妃様になるに相応しいとか聞いたことがある。
「でも、ジュリエッタお姉さまは小心者なのよ」
クリスティアナ様は昨日から何回ため息をこぼしているだろう。
ジュリエッタ様を心配しているからだと解ってはいるけど、心配しすぎなのでは?
放っておいても何とかなるんじゃないかなあ。
そうは思っても、口に出すほど僕はバカじゃない。
「他国の人々を招いて舞踏会なんて初めてだし、楽しみではあるけど」
クリスティアナ様は僕の返事がなくても、ずっと話し続けている。
「でも、他の国の人って気性が荒いとか聞くでしょ? この国じゃ戦争とか無縁なのに、遠くの国ではよく聞くじゃない。変な人を夫として捕まえちゃったら、後が大変でしょ」
クリスティアナ様はそう言っているうちに不安になったのか、飾り石から降りて辺りをぐるぐると歩き始めた。
「やっぱり相談すべきかしら」
……誰に?
そう訊きたいけど下手に会話をつなげると話が長くなりそうだ。
僕は黙ったままでいたのだが、どうやら彼女の頭の中では何やら勝手に結論が出たみたいだ。
急に僕の手首を掴むと、有無を言わさぬ勢いで歩き出した。
「変態のとこにいくわよ、付き合って!」
変態とは宮廷魔術師のことだろうか。
「あの、僕は仕事が……」
そう言ったけど彼女には華麗に聞き流された気がする。
「こっちよ!」
ずんずんと歩く彼女の後に続きながら、賄賂なんか受け取らなければ良かった、と落ち込んでいた。

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