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お見合い?
「ケガしたの? どうして? 大丈夫?」
 僕が花壇に水やりをしていると、クリスティアナ様が姿を見せた。彼女は僕の横に立ったが、すぐに僕の頬の傷に気がついて表情を曇らせる。
 あまり本当のことを言って大事になっても困るし。
 まあ、後でジーンからバレるかもしれないけど、その時はその時だ。
「ちょっと仕事中にミスしてしまって。でも、もう痛みもありません」
 ジーンの薬のおかげで、喋らなければ痛みはほとんどない。本当は動かさないほうかいいんだろうけど、つい彼女に質問していた。
「昨日、寄り道しないで帰れとおっしゃいましたよね」
「そんなこと言ったっけ?」
 彼女はきょとんとしている。あの台詞はただの偶然だったのか?
 僕は眉を顰めて彼女を見つめ直し、やがて苦笑した。
「すみません、忘れて下さい」
「気になるー。っていうか、その口調はイヤ。もっと砕けて話せないの?」
「無理ですね」
「うーん」
 クリスティアナ様が顰めっ面で腕を組んだ。そんな仕草でも、可愛いと感じてしまう。
 うん、これはまずい兆候だ。
「とにかく、僕は花の手入れがありますので。クリスティアナ様も舞踏会の準備があるのでは?」 話を切り上げようとそう言うと、彼女は鼻を鳴らした。
「何か、城の中がピリピリしてるのよ」
「はい?」
「何か、舞踏会って言ってもお祭り気分ではないわよね。今から疲れちゃう」
「仕方ないでしょうね」
 僕は笑う。「舞踏会はオマケみたいなものですから。ジュリエッタ様が一番疲れるでしょうが」
「だよね」
 クリスティアナ様も笑った。そして、また僕のことを見つめ直した。
「で、結局わたしたち、あまりお互いのこと話せてなかったわよね」
「お互いのことですか」
「うん、あなたの趣味は?」
 困った。
 でも、クリスティアナ様と話をしていると何だか嬉しく感じる。
「料理ですかね」
 僕は少しだけ考えてから言った。
「料理?」
「僕は父と二人暮らしですから。父と交代で料理を作ってます。美味しい煮込み料理が作れますよ」
「いいなあ」
「あ、でも、料理が趣味とは言っても、お菓子は作れません。だから、この間戴いたお菓子、凄く美味しかったです。ありがとうございます」
 ――賄賂。
 僕はついそう思ってしまって内心で吹き出したいくらいだったけれど、何とか穏やかな笑顔で伝える。
 すると、クリスティアナ様が鮮やかな笑顔を見せた。
「あれ、メイドに言って作ってもらったの。わたしのお気に入りのお菓子」
「そうなんですか」
 裏表も感じさせない彼女の無邪気さ。つい僕は彼女にも訊いた。
「では、クリスティアナ様のご趣味は?」
「わたし? わたしは人間観察! それに読書、城からの脱走計画!」
「脱走計画……」
「好きなのは計画であって脱走そのものじゃないんだけどね!」
「うーん」
 僕は首を傾げる。しかし、彼女らしいと言えばいいのだろうか。クリスティアナ様は変わっている。
「変?」
 彼女がふと声を顰めて訊いてくる。
「いえ、変じゃなくて面白いです。個性的というか……」
「それを変って言うんじゃないかしら」
 ――うーん、確かに。
 僕が返す言葉を失って固まっていると、クリスティアナ様が肩をすくめた。
「ま、いいわ。趣味と好きな食べ物は解ったし。ね、今日も仕事が終わったら変態のところにくる?」
「ジーンが忙しいのでなければ。ちょっと、僕もバタバタしてて」
「あ、お仕事の邪魔してごめんなさい」
 何かに驚いたように、急に彼女は手で口を押さえた。僕は今、仕事の手がとまっていたし、それに気づいたのか申しわけなさそうな目つきで辺りを見回している。
 確かに、ちょっと仕事サボりすぎたかもしれない。父がこんな僕を見たら、いい顔はしないだろう。
「いえ、しばらくは城に泊まり込みで働かせていただきます。舞踏会まで忙しくなりますから」
 僕は何て言おうか悩んだけれど、とりあえず無難に言葉を選んだ。
「泊まり込み?」
 彼女はそう聞いて、少し嬉しそうだった。「じゃあ、後で部屋を教えてね。お菓子を差し入れする」
「いや、ダメですよ」
 その言葉に慌てて手を振った。「さすがに変な噂が立ちます! ここでこうやって会ってるのだって……」
 ――何か、お見合いみたいだったぞ、とか思う。もちろんそれは口にはしなかったけれど。
「むーん」
 彼女は不満そうだったが、何やら自分の中で納得したらしい。「解った。変態のところで会いましょ。お互い弟子同士なんだから、それでいいわよね」
 それもどうだかなあ。
 とは思ったが、僕はおとなしく頷いておいた。

 しかしその日は結局、花壇の手入れに時間が取られてしまって魔術師の部屋に寄るのが遅くなった。
 さすがに彼女は待ってはいないだろうと思いつつも、少しだけ魔術師の部屋を覗いたが、クリスティアナ様の姿もジーンの姿も見当たらない。
 自分でも理由が解らないままほっとして、そのまま庭へと戻った。
 僕に与えられた部屋は、城の敷地内にある建物で、騎士団の宿舎でもある。
 とりあえず、部屋の様子を見てみたかった。

 庭を通り抜けて、宿舎の前へ。二階建てで、結構大きい建物だ。近くには厩舎があり、そして剣の訓練をする場所なのだろうか、石畳の小さな広場がある。
 僕が広場を抜けて宿舎の入り口に近づこうとした時、昨夜も感じた圧迫感が背後にあった。
 反射的に数歩、横に身体を移しながら振り向くと、一人の男性が剣を手に立っていた。
「いい反射速度だな」
 よく鍛えられた肉体を持った二十歳くらいの男性。彼はぶら下げていた大剣を肩に担ぎ上げ、大らかに笑った。飾り気のない笑顔。悪い人ではないとすぐに見て取れる。
「新人か? 暇なら手合わせしよう」
 どうやら、僕は騎士見習いか何かと勘違いされているようだった。

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あきゅろす。
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