呼吸を止めて 出ておいで
「最後まで勝手な人」
別れの挨拶も、何も残さずに彼は消えてしまった。
どこを探してもいない、いるはずもない。何せ彼は違う世界の住人なのだから。
いつかは帰ると思っていた。そのときがだんだんと近づいていることも、知っていた。それでも心のどこかで、信じていたのだ。
まだ声も、温もりも覚えてる。分かっている。
だから悲しくなんてない。
それなのに、もう忘れてしまいそうだ。
「記憶力には、自信があるのに」
夢なら醒めてほしい。
そう思って、そこで、陸遜ははたと気づく。
「…違う、今までが、夢だったんですね」
彼と出会ったことも、あの、人ならざる者の証ともいえる銀髪も、美しい紫銀の瞳も。
全部全部、夢の中での出来事だったのだ。
思い出が、頬を伝ってぽろぽろと零れてくる。
零れれば零れるほど、今までが消えていく気がする。けれど、それを止める術は思いつかなかった。
自分は夢から醒めたのだ。たった今。