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いつからだったか。

いつも見上げていたのは姉上の顔。しかりと右手を握りしめ、真っ直ぐ前を見つめる姉の横顔を、幼い僕は見つめ続けていた。
手を引かれるまま、前など見ずに歩き続けた。

それが変わったのはいつからだったか。
姉上が大人になって、僕が子供から少年と呼ばれる歳になって、成長してからも僕の手を必死に引こうとする姉上の姿に、このままじゃいけないと思った。
ただ引かれるまま後をついていくだけでは駄目だ。僕は男なんだから、女の姉上を守らなければならない。なのに自分で歩いたこともなかった力のない僕はどうすることもできなくて。姉上を守るつもりが守られて。抗うどころか、何もすることができなかった自分に嫌気がさした。
なんで僕は無力な上にこんなにも弱いんだ。泣くことしかできないなんて、僕は自分に絶望した。

その時、出会ったんだ。
この男に。


「なー新ちゃーん」
「なんですか」
「俺の木刀知らない?ないんだけど」

時刻は昼過ぎ。
町の大半の人間は既に起き、活動している時間。大人は仕事に、子供は寺小屋に、または遊びに、主婦は家事に炊事洗濯に。
主婦などでは決してない僕も漏れずに何故か自分の家ではない、この万事屋の家事に追われていた。今はちょうど午前中干した洗濯物を取り込み畳んでいる最中だ。
…なんでこんな事やっているんだろう、僕…。
ため息がもれずにはいられなかった。

「知りませんよ。寝間にないなら、お風呂とかトイレなんじゃないですか」
「あ、そういやトイレに持ってった記憶があるようなないような」
寝起きの跳ね放題な頭をがしがしかきながら男はつぶやく。
「人に聞く前に探したらどうなんです」
「だって新八に聞く方がはえーじゃん」
新八の呆れた視線をものともせず、子供みたいな言い訳をした男はだらし無く尻をぼりぼりかきながらトイレに向かってだらりと歩き出す。その背中にテメェの母ちゃんじゃねーんだよ!と言いかけてやめた。己が惨め過ぎる。
「はぁ」
抑えきれないため息が、また一つ零れる。


その大人は、だらしのない駄目人間だった。(思い返してみれば、平気で人に罪をなすりつけるような人間だ。まともな大人なはずがない)
さらには糖尿寸前の我が儘男。糖分の摂取に命をかけていて、それを阻むような人間には容赦がない。(現にパフェ一つおじゃんにされた為に天人をボコボコにした)

最低で駄目人間の見本市のような男。



だが決して折れずに曲げることさえできない揺らがない信念を持った人間であった。
僕にはそれが、突如現れた光のように見えたんだ。
その男の名は、坂田銀時といった。




いつからだったか。
気付けば姉上の手を離し、そんなはちゃめちゃな男の隣に並んでいた。
強くなりたかった。
銀時のように、どんなにぶざまに生きようが、大切なものを守れるようになりたかった。
力とか、技術とか、そんなものじゃなく。
真っ直ぐ前を見据えて、ぶれずに前の一本道を迷うことなく歩く銀時のように、強くありたいと思った。

姉上と繋いでいた手に、代わりに木刀を握りしめ。かつて姉上の横顔ばかりを見つめていた瞳を前に向けて。
前を見据えてしっかりと、自らの道を定め己の足で歩く。
大切なものを決して失わないために。


それでも銀時は隣にいた。銀時も自分の道しか見えちゃいない。それぞれが行きたい場所に歩いているのにそれでも隣にいる。
それは、向かう場所が、描く未来が同じ証拠。
それがひたすらに嬉しかった。



「新ちゃーん、やっぱトイレにあったわ」
「よかったですね」


だらしのない駄目人間。
糖尿寸前の我が儘男。

「ご飯の用意しますから、顔洗ってきてくださいね」
「はーい」



それでも。
この距離が一番安心できる今がある。


新八は、

やはりだらりと洗面所に向かう背を見ながら知らず頬を緩ませた。


『隣同士が一番自然』


end.

Title:確かに恋だった



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