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自分が可哀相な人間であると、ハイジが気づかない訳がない。

これまでにどれ程ハイジが自分は可哀相な人間ではないと自分にいい聞かせ、無理矢理納得させ、前向きに気持ちを切り替え、その度に何度も何度も裏切り続けられてきたか。

どんなに希望を打ち砕かれようと、例えその言葉が嘘だとわかっていても、地獄のような毎日を生き抜いていく為にはそれに縋り付くしかない。

俺には生きる希望となるような偽りの言葉すらなかったが、俺も遠い昔に何かに縋り付いていた時期があったような気がする。

男が慌ただしく二階へ走り去って行った直後にそれは起こった。

泣き叫び絶望に打ちのめされていたハイジの動きが急に止まった。

痛みが支配し、立つことすらままならなかった筈のハイジが何事もないように自然にその場に立ち上がった。

ハイジはそのまま今にも崩れ落ちそうな、台所の隅にある裏口から外へと出ると、直ぐに戻ってきた。

普段の状況から考えるとハイジが命令以外で勝手に外へ出るなんてことはまず考えられない。

なぜならハイジは外での仕事は俺の役割であり、傷だらけの自分を人に見られたくないから自分は家に閉じ込められているということを理解しているからだ。

そんな自殺行為をする程ハイジは馬鹿ではない。

そのことからもハイジに異変が起こっていることは明らかだった。

外から戻ってきたハイジが静かに俺の前を通り過ぎる時に視界に入ったハイジの狂気に満ちた瞳と、右手にしっかりと握られた薪割り用の斧を見てそれは確信に変わった。


ハイジが今からどこに行って誰に何をするかなんてことは、聞かなくても理解できた。


俺の存在を完全に忘れる程に怒りと憎しみに支配されている初めて見る義理の弟の姿を見て、俺はどこか安堵していた。

正直な所、普段の無邪気で可愛い義理の弟は俺には現実味がなく理解ができないでいたからだ。

男を殺しに二階へと足を進めるハイジの足音を聞きながら、俺は台所の中央にあるテーブルへ近づき生まれて初めてその椅子に座った。

母さんがいつもそうしていたように、俺はテーブルに頬をつけ色褪せた床を見つめながら、二階から聞こえる激しい物音や断末魔の叫びに静かに耳を傾け目を閉じた。






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