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あんたに、そんな事を思う権利はねぇだろ。
男の言葉を聞いて、俺は心の内で冷やかに男にそう言葉を投げた。
自分がこんな家族を作ってそれを嘆くなんざ目もあてられねぇ。
誰がこんな家族を望んでいたって言うんだ。
ハイジが望んでいたとでも思っているのかこの男は。
ハイジには男の言葉は重く耐えられるものではないだろうな、と思ったが、全てのものが色を失い歪んで見えている今の俺には、ハイジに対して何かをしてやると言う選択肢は毛頭なかった。
「あいつやそこにいる化け物だけじゃない、お前も悪いんだハイジ。お前のその純粋さは鼻につくんだ。こんなにも酷い目にあって、悲惨な暮らしをしているくせに希望を失わないお前のその目は、俺達にとっては嫌みでしかないんだよ」
何故鼻につくくらいにハイジが前向きだったのか、この男にはわからないのか。
俺は男に対して呆れを通り越した無の感情を抱く。
次から次へと勝手な言い分をぶちまける男の言葉を聞いて、ハイジの表情は悲しみに歪み絶望に飲まれていく。
「俺はもうここを出ていく。警察が来る前に出来るだけ遠くに行く。だからハイジ、もうお前は自由だ。これからどうするかは自分で考えるんだ。お前ならきっと上手くやって行けるさ」
早くこの場から立ち去りたいが故の、自分を正当化するための矛盾したその言葉を男が吐いた瞬間。
ハイジは両手で両耳を抑え、その場で全てを拒絶するように泣き叫び崩れ落ちた。
男はそんなハイジを一瞬視界に入れるだけで、今がチャンスとばかりに荷物を取りに二階にある自分の書斎へと走っていった。
俺はその場に残されたままの絶望に打ちのめされているハイジを静かに見つめながら、ハイジが前に言っていた言葉を思い出していた。
“兄ちゃん、大丈夫だよ。父さんが俺達を母さんのいない遠くに連れて行ってくれるって約束してくれたんだ”
“今は無理だけど必ずこんな場所から連れ出してやるって、そして絶対幸せになろうな、って言ってくれたんだ”
“だから大丈夫なんだよ兄ちゃん。こんな毎日はずっと続かない、いつかは必ずみんな幸せになれるんだよ”
痣だらけの顔で嬉しそうに、母さんに暴力をふるわれた後に必ずそう言って笑顔を見せていたハイジの姿が、何度も俺の頭の中に浮かび上がっては消えていった。
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