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ハイジは何も言わず硬直している男に首を傾げる。
男は俺が母さんを殺したこともあり、もしかしたらハイジが自分を殺したいと思っているのでは、と不安になっていたのかもしれない。
だが、答はノーだ。
ハイジはどんなことをされようが希望がある限り、相手を憎んだりはしない。
「どうしたの父さん…?具合が悪いの…?」
普段とは明らかに違う男の様子に、ハイジは心配そうな顔をして手を持ち上げるが、男に触れることは叶わなかった。
何かが弾けるような音が聞こえた直後、床に何かが落ちた音がした。
視線を二人のいた位置に戻すと、ハイジが床に倒れ放心している姿が目に入った。
状況から考えて男がハイジの手を跳ね退け、突き飛ばしたことがすぐにわかった。
昨日までの俺なら、すぐにハイジの元にかけより、相手の関心を自分の方に移させていたが、今の俺には微塵もそんな気は起こらなかった。
男がハイジに手をあげる所は初めて見たな、と冷静に成り行きを見守っていると、男が我に返り慌てたようにハイジの体を起こし始めた。
「大丈夫かハイジっ、悪い悪気はなかったんだ」
自分を抱き起こし、いたわるように肩に触れる男にハイジは唖然としていたが、しばらくして今まで見たことがないような笑顔を男に見せた。
「大丈夫…俺は大丈夫だよ父さん」
父親が自分に関心をしめしたと言う事実だけで、ハイジは痛みと痣、傷でボロボロの体のことも忘れ幸せそうに微笑んでいる。
俺はその時脳裏に今から起こるであろう最悪のシナリオを予測していた。
男の優しさを信じられる程、俺の心は澄んではいなかった。
男は無邪気な顔をして微笑むハイジを見て、わかりやすい安堵の息を吐いた。
「は…そうだよな、お前にそんなことが出来る訳がねぇよなぁ」
乾いた笑みをこぼし、ハイジの髪を撫でる男を見て、俺には明らかにハイジに向けられているものがいたわりや優しさでは決してないことを確信したが、ハイジがそれに気がつくとは思えなかった。
「…何で笑うの?俺、変なこと言った?ねぇ父さん」
不思議そうな顔をしてそう尋ねるハイジを見て、男は再び乾いた笑みをこぼした。
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