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「父さん」
本能的に嫌な予感がしたのか、ハイジの男の腕を掴む指先にありったけの力がこめられているのがわかった。
俺の中のこの男に対する認識は、居て居ないようなものだった。
したがって、俺はこの男に対して何かを期待したり望んだりといったことは皆無だった訳だが、ハイジにとっては血の繋がった父親な訳で。
実の息子が瀕死の状態で真冬に裸で外に出されてようが、包丁で刺されようが、声一つかける訳でもなく、ハイジが助けを求めても苦笑いするだけでその場を立ち去るような男に何を期待しても無駄だろ。
俺はそう思っていた為、男に対して怒りすら芽生えない状態だったがハイジは違った。
どんなに期待を裏切られても、いつかは自分を救い出し、その腕で抱きしめて貰えると信じていた。
俺にはそんな日は永遠に来ないと言うことがわかっていたが、ハイジには何も言わなかった。
どんなに有り得ないとわかっていても希望を捨てきれないハイジの気持ちは俺が一番わかっていたからだ。
自分がそれを望んでいる限り願わずにはいられない。
例えそれが自分を苦しめ、傷つけるだけのものだったとしても。
自分に出来ないことに対してハイジを咎めようとは思わなかった。
男はびくっと体を過剰に反応させ、まるで死人にでも会ったような顔でハイジを見返す。
ハイジはそんな男の様子を見て一瞬不思議そうな顔をしたが、構わず口を開いた。
「父さん、どこに行くの?何かあったの…?さっきの音は何だったの…?」
何も言わない俺と、いつもなら自分を怒鳴りちらし、殴りつけにくる女の気配がしないことにハイジが不安を感じているのは明らかだった。
俺は二人のやり取りを何処か遠くで見つめながら、銃の引き金を引く感触を思い返していた。
どうしてもっと早くやらなかったのか、自分自身に疑問を抱きながら空っぽの銃を床へと放った。
何をためらっていたって言うんだ?
こんなにも簡単なことだったってのに。
所詮夢は夢、望んだところで手に入る訳がないとわかっていたことじゃねぇか。
くだらねぇ。
母親を殺すって言うのはもっと感情的な出来事かと思っていたが違うんだな。
残るのは引き金を引く感触と、崩れ落ちる母さんの残像だけ。
他には何も感じねぇ。
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