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さっきまでのモヤモヤしていた俺の負の感情を一瞬にして消し去った、エドアンの笑顔と息苦しい程の温もりに眩暈がした。
戻って来たら言ってやりたい事が山ほどあった筈なのに、それさえも俺は口にする事ができない。
「…凄いのは…俺じゃねぇ。そう言う事はハイジとアイツらに言ってやれ。
お前が居なくて皆不安がっていた。俺は後でいい、だから他の奴らの所に行ってやれよ」
唇が震えてそう口にするのが精一杯だった。
「あぁ、悪かったな疲れてんのに朝早くに起こして。お前はもう少し寝てろ」
最後にもう一度俺を強く抱きしめ、優しく微笑みながら俺の頬に触れるだけの短いキスをして皆の元へと戻って行くエドアンの背中を視界に入れた瞬間、膝が崩れ落ちた。
「ど…どうしたの兄ちゃん!大丈夫?どこか悪いの?」
心配そうに俺のもとに駆け寄ってくるハイジの頭を撫でながら大丈夫だ、何でもないと数回繰り返す。
「寝不足なだけだ。俺はもう少し寝る。お前はエドアン達の所へ行ってろ。行きたいんだろ?」
俺がそう言うとハイジは俺に気を使ってか曖昧な返事をした。
「わかった、兄ちゃん大丈夫だよ。もうフック船長帰ってきたし今日はゆっくり眠れるよ!」
ハイジは渋々納得してそう言うと、エドアンの後を追って皆の元へと走っていった。
俺はハイジを見送って直ぐに房へと戻るとベッドに倒れ込んだ。
体がベッドに沈み込むのと同時に涙が溢れだした。
何度拭っても溢れてくる涙を見て自分でも驚いた。
何故俺は涙なんかを流しているのか。
考えれば考える程余計に混乱し、どうしていいのかわからなくなる。
俺はベッドから体を起こし、壁を殴ってシャワールームへと入ると、服を脱ぎ頭から水を浴びた。
シャワーを浴び、頭を冷やせば涙も、体の奥からこみ上げてくる熱も、体の震えも、全てを洗い流す事ができるんじゃないかと思った。
今まで欲しいと思っても絶対に手に入れる事の出来なかったいろんなものを、エドアンはいとも容易く俺にくれる。
まるで何でもない事のように。
そうする事が自然であるように。
俺は今までどんなに努力しても自分の望みを何1つとして、どんなに些細なものでも叶える事が不可能だった。
だから望みを打ち消す方法は嫌と言う程知っている。
だけど、その代わりに望みを叶えられた時にどうすればいいのか俺は知らない。
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