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隈ができた目元を弱々しく右手で覆いながら俺を罵るその唇はいつも小刻みに震えている。
“…どうして何も言わないのよ?!私の事を見下しているの?哀れな女だって。私を苦しめる事しか出来ない悪魔の癖に。
笑いなさいよ、頭のオカシイ女だって。許してあげるわ笑って見せなさいよ。…そんな目で私を見ないで、気持ちが悪いのよ”
貴女がえぐれと言うのなら今すぐにでもナイフでこの目を突き刺してみせる。
“毎日毎日殴られて、ご飯もろくに食べさせて貰えずに意識を失う程に働かされて。恨んでいるんでしょう?だから私をイライラさせる事ばかりするんでしょう?”
恨んでいるのは母さんじゃない。
俺が母さんをイライラさせないように一生懸命考えてどんなに意識を張り詰めていても。
俺の顔を見ただけで怒らせてしまうのに、どうすればいいのかわからない。
“でもねラクハ、悪いのは全部お前なのよ。そんな姿で産まれて来たお前が悪いの。毎日毎日アンタのその髪と目を見る度に私が何を思っているか知ってる?…死にたくなるのよ”
聞こえない。
何も聞こえない。
何度も頭の中でそう繰り返しながら俺は今日も自分を殺し続ける。
母さんの涙が消えるまで。
どんなに聞こえないように別の事を考えていても逃れられない言葉の針が容赦なく俺に突き刺さり思考を支配する。
…聞こえねぇ。
何も聞こえねぇ。
勢いよく溢れだしてくる怒りや、俺を惨めにするやり切れない感情を抑えつける為に俺は自分に何度もそう言い聞かせ続けた。
「…そんなツラしてんなら早く言やぁいいのによ。そうすりゃ小百合にお前を殴らせなかった」
ノアは口内に舌を這わせながら俺を見下した嫌な目を向けゆっくりと口端を持ち上げる。
「そんな怖い顔するんじゃねぇよ。せっかくそんなナリしてんだ、愛想よくしてろよ。そうすりゃ優しくしてやってもいいぜ」
「優しくしてくれなくても別に構わねぇよ。そこまでアンタと親しくなりたいとは思わねぇ」
感情のこもらない声でそう返す俺をノアは愉快そうにたしなめると視線を俺から外し状況を確認するように辺りを雑に見渡した。
「悪かったなぁ、俺のせいでお前のファンを増やしちまったみてぇだ」
小さな笑みをこぼしながら再び俺を下から舐めまわすように見つめてくるノアに吐き気を覚えた。
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