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伊勢物語
第九段 東下り
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次に業平は駿河の国、宇津の山に到った。

「うわ、暗いな」

目の前には鬱蒼と蔦や楓の茂った暗くて細い山道が続いている。
一人で通るにはひどく心細い道である。

「何ともとんでもない目にあうなあ」

業平は溜め息を吐き、途方に暮れる。
すると、一人の修行僧が歩いてくるのを見つけた。
業平の様子を見兼ねた僧から「どうしてこの様な道を」と声を掛けられる。
その顔を見ると、昔京で見知った人であった。

「おや、業平殿ではありませんか」
「お久し振りです。お元気そうで何よりです」

偶然にもこの様なところで旧友にあったということで、昔話に花が咲く。
暫く話した後、別れを惜しみながらも先へ進むこととなった。

「貴方はどちらへ行かれるのですか?」
「私はこれから京へ戻るつもりですよ」
「そうなのですか! では、ある所へ文を届けていただけないでしょうか?」
「お任せください。どなたへ託けましょうか?」

業平は嬉しげに何度も礼を言うと、指を折りながら悩み始める。

「高子、大納言殿の姫君、かの小路の娘君、それから……」
「いや、一人にしてくれないか?」

業平が唇を尖らせて不満を言うと、僧は相変わらずだ、と苦笑した。

では、と業平が懐紙を取り出し、口に出しながら歌を書き付ける。


 駿河なる宇津の山辺のうつつにも
  夢にも人にあはぬなりけり


駿河の国にある宇津の山ではありませんが、現にも夢にも、貴女と逢うことができないのです。


一つ書き上げてふと目を上げると、もう五月だというのに富士の山は真白い雪を冠していた。

「富士が美しいな。あともう一つ……」


 時知らぬ山は富士の嶺いつとてか
  鹿の子まだらに雪の降るらむ


時を知らないというのは富士の嶺のことだ。鹿の子まだらに雪が降り積もるのだろうか。



「確かに承りました。では、また」
「お願いします。またお逢いできることを祈っています」

旧友と別れ、牛車はまだかたかたと揺れる。
業平はさらに東へと向かった。




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