きずな
あまり心配させないで
*
音を立てないよう静かに障子を閉めて、足音を殺しながら廊下を早足で歩いた。
とうに子の刻を過ぎた真夜中だ。このような時間に伊東さんの部屋に行っていたと知れたら、私達二人とも立場が危うくなってしまう。
全く、心臓の音が五月蠅い。着物が擦れる音も微かな足音も私を焦らせる。
「平助」
思わず息を飲む。不味い、バレたか?
あまりに聞き慣れた声だ。私は声のした方に向き直る。
「どうしたの、総司」
声の主、総司はニコリと微笑むと、ケホと乾いた咳をした。
「それはこっちの台詞。どうしたの、こんなところで?」
いつもの笑顔、に見えるけど、総司のことだから裏で何を考えてるかわからない。
「うん、ちょっと眠れなくて。」
「そっか、実は私もなんだ」
総司は縁側に腰掛けると、私を見ながら隣りをぽんぽんと叩いた。私はその誘いにのることにした。
「寒くなったねえ」
「うん」
外に投げ出された総司の足は裸足だ。爪先が赤くて寒々しい。しかも薄い着流し一枚しか着ていないし。具合も悪いのに相変わらず不用心だ。
「ねえ総司、冷えるし、早く部屋に戻った方がいいんじゃない?」
総司は頬を膨らませて「暇なんだよ」と言った。
しばらく、総司の話を聞いていた。それは土方さんに怒られた話だったり、左之さんの笑い話だったりした。
どれも私の知らない話だった。
いつもの日々がこんなにも遠くなってしまったんだ。
「ねえ、平助、聞いてる?」
総司に呼び掛けられて慌てて意識を総司に戻して、「うん、聞いてるよ」と返した。だけど総司は訝しげだ。
「平助、大丈夫? 何か悩み?」
私は何度も首を横に振った。それで悩みなんかも吹き飛ばしてしまいたかった。
「何でもないよ、心配しないで。それより、総司な方が心配だよ」
何でもない、これは嘘。あとは本心。
誰にも心配なんかかけたくない。これは私一人の問題だから。
そして総司にも安静にしていてほしい。余計に体を壊したら、悲しいから。
「ならいいんだけど。今日は大人しく寝てこようかな」
少しの沈黙のあと、総司はスクッと立ち上がって踵を返した。
「お休み」
私が声を掛けると、総司がくるりとこちらを向いた。
「平助のばあか」
「……は?」
総司は一言だけ発すると、また背を向けて駆け出した。
総司の消えて行った角を見つめたまま、しばらく動けなかった。
何故、あんなに傷ついた顔をしていたんだろう。
目に焼き付いて、離れてくれない。
20081111 彩綺
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