きずな
なんとなくあったかい
*
荷物は荷車に載せた。身支度も整った。これで出発の準備は全て終わった。
「平助、もう大丈夫かい?」
「はい、もう行きます」
伊東さんに返事をしてから、もう一度部屋を見渡した。慣れ親しんだこの部屋ともお別れなんだ。
私は決心して立ち上がった。こんなことで寂しがっていたら新選組を抜けられるわけがないもの。
部屋を出て一礼する。すると、突然背中に衝撃が走って、その勢いのまま私は前につんのめった。
「うわっ!」
何とか手を着いて顔から前へ突っ込むことは避けられた。後ろからは賑やかな笑い声が聞こえた。
「もう、左之さんっ!」
「ハハッ、派手にすっ転んだな!」
あの笑い声は左之さん以外ありえない。怒ってやろうと思って後ろを振り返ると、ニヤニヤと笑う左之さんの横で、新さんまで私を見て笑っていた。
「新さんまで!」
新さんも左之さんと同じような笑いを浮かべると、私の背中を強く張った。
「何なの!? 痛いよ!」
「餞別だよ、餞別」
「ま、次は刀だけどな!」
左之さんが冗談とも本気ともつかないようなことを言って、またいつもの大声で笑った。新さんも「違いない!」なんて言って笑っている。
つられて私も笑った。思い切り叩かれた背中はジンジン痺れてるけど、何だか嬉しかった。
「ほら、さっさと行けよ」
「じゃあな、平助!」
「うん、じゃあね!」
新さんと左之さんは踵を返して道場へ向かっていった。これで見納めだから、角を曲がって見えなくなるまで私は二人の後ろ姿を見つめていた。
「さて、そろそろ本当に行かなくちゃ」
早くしないと伊東さんが待ちくたびれてしまう。私は残った荷物を持ち上げて廊下へ出た。
先を急いで思わず早足になる。すると、後ろから突然襲われて私はまた前へとつんのめってしまう。
「うわっ!」
これじゃ士道不覚悟で切腹させられてしまう。私は情けない気持ちで後ろの人物を確かめた。
「……あれ?」
後ろには廊下が続いているだけで人の姿が見えない。もう一度前を向いて、また振り返っても誰もいない。
「……えー?」
思わず首を傾げると、近くからクスクスと笑い声が聞こえた。その楽しげな声はよく耳慣れている。
「総司、どこにいるの!?」
「あはは、何で気付かないの?」
そう言いながら総司はすぐ横の部屋から顔を覗かせた。いつもより少し顔色は良さそうでホッとする。
「平助をいじれるのも今日で最後だからね」
「やっと総司から開放されるよ!」
軽口を言い合って、二人で顔を見合わせて笑う。たぶんこれで最後だね。
「それじゃ、行ってきます」
「じゃあね、平助」
手を振る総司に背中を向けて、私はもう一度歩き出した。総司が軽く咳を零しながら走り去って行く足音が聞こえた。
「すみません伊東さん、遅くなりました!」
「お疲れ様、全部終わったかい?」
「はい、ありがとうございます!」
では行こうか、と歩き出した伊東さんの後を慌ててついて行く。
三月に入ってだいぶ暖かくなったけど、まだ風は少し冷たい。
だけど、私の背中はみんなに叩かれて熱くなっている。
そんなみんなの手に押されるように、私は前に大きく一歩踏み出した。
20081221 彩綺
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