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御題
掴んだ幸せ






「……どうしたんだい、平助?」



伊東の声にはっと顔を上げると、目の前には伊東の背中。そして自分の手は無意識に伊東の羽織の裾をしっかりと握り締めていた。
気付いたとたんにとても恥ずかしくなり、慌てて手を離す。伊東が苦笑を洩らした。



「全く、十四にもなってまだ子供だねぇ」
「ち、違います!よくわからないけど無意識に!」



勢い良く首を振って否定するも、伊東は疑惑に満ちた目で平助を見つめる。



「まだこんなに小さいんだから仕方ないかな?」
「もう!今に伊東先生より大きくなってみせますから!!」




……………………





「……なんて言ってたのにねぇ」
「はいはい、すみませんね、十年たっても小さいままで!!」



伊東の笑みを多分に含んだ溜め息に、平助は半ば開き直ったかのように答える。長身の伊東と並んで歩くと子供のようである。



「まあまあ、だいぶ背も伸びたじゃないか」
「だいぶじゃないですもん。ほんの少しですもん……」
「ほらほら、そんなに拗ねるものじゃないよ」



自分で言ったことに落ち込んで歩みを緩めると、少し前を行く伊東が首だけを動かして平助の方へと振り向いた。

その姿に、昔の記憶が甦った。



「あぁ、そうだった……」
「ん?なんだい?」



昔と変わらず質のよい羽二重の羽織の裾を掴む。



「私、この後ろ姿を見てお父さんってこんな感じなのかなぁ、って思ったんだ……」



小さな自分から見てとても大きかったその背中。今も変わらず広いままで、ついていかずにはいられない、そんな後ろ姿。
だから自分は今ここにいるのだろう。
強く掴んだ手もそのままに、小さく楽しげな笑みを洩らす。



「お父さんって、それはあんまりだよ!」
「だってそう思ったんだからしょうがないじゃないですか!」
「せめてお兄さんくらいで……!」
「あははっ、冗談ですよ!!」



よくわからない譲歩を試みる伊東を、今度は面白がって声を上げて笑う。そして少し歩を速め、再度伊東の隣に並ぶ。

見上げるその人は父でも、兄でもなく。



「伊東さんと私は同士であり、仲間。そうですよね?」

「全く、何当たり前のこと言っているんだい?」



まるで父が息子を誉めるように頭をわしゃわしゃと掻き撫でられる。
しかし伊東の表情には誇らしげな色がありありと浮かんでおり、平助は嬉しさと気恥ずかしさで顔を紅く染めながらも満面の笑みを向ける。



この人と一緒にいこう。後ろから追い掛けるのではなく、隣を並んで歩いていこう。

平助はそう堅く心に誓った。




2007/8/31 彩綺


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