恋する111の動詞 寄り添う . 女は男の手を取る。 相手を慈しむような、やわらかな仕草で。 男は女の頬に滑らせる。 壊れ物を扱うように、そっと、手を震わせて。 女は目を細め、ただ心地良さに浸る。 これは決して甘い逢瀬の時間などではなかった。 辺りは燃え盛り、傍らには彼らの幼い子等が物言わぬ姿で横たわっている。 男は涙を止めどなく流し、幾度となく謝った。 「吉備、すまない。……すまない」 吉備の微笑みは絶えることがない。 そしてそのまま、頬に添えられた手を自らの首筋へと運ぶ。 「長屋さま、謝らないで。私は幸せよ」 長屋の細く長い指を首に絡ませ、力の入らない手を自らの手で包み、上から力を加える。 「吉備……」 「私は平気だから、早く」 長屋は俯いて大きく首を振る。 駄々をこねる子供のようなその様子に、吉備はくすくすと声を漏らした。 「長屋さま」 「嫌だ、できない」 抱き締められた、その腕の中で吉備は胸に頬を寄せる。 「この上なく幸せだわ」 見上げると、憤りと悲しみに紅く染まった長屋の瞳と目が合った。 「最期に貴方とこうしていられること、嬉しくて堪らないの」 「吉備」 「ねえ、早く。炎と煙に巻かれるのも、敵の手にかかるのも嫌」 だから、貴方の手で殺して 飲み込んだ言葉のとおりに長屋が吉備の首に手を掛ける。 そうよ、そのまま 吉備が目線で頷く。 長屋は彼女の姿を見逃すまいと見つめ続ける。 自らの手で儚くなっていく愛しい女の様を。 ありがとう 口だけがそう動いた。 それっきりであった。 最期まで微笑みを湛えたまま、吉備は逝った。 長屋は力を失い倒れかかってきた吉備の体を強く抱き締めた。 まだ温かい。 「吉備……私も、すぐに逝くから」 朱が舞った。 横たわるのは二つの体。 最期の最期まで寄り添って。 . → |