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スプーン一杯の砂糖じゃ、とても足りない 3

※スプーン一杯の砂糖じゃ、とても足りないの続き
※パロディ
※呂佳と利央が赤の他人同士


 呂佳さんは付き合う前と変わらず、会うたびにオレのことをからかって遊ぶ。でも、他のお客さんに気付かれない程度に、ほんの一瞬手を握って来る時があったりすると、ああ付き合ってるんだな、とか感慨深くなる。なんて思ってみるものの、今まで誰ともお付き合いしたことのなオレは、いまいち付き合うって何をすれば良いのかわからない。

 今日もオレは通学バッグを持った制服姿のまま呂佳さんの喫茶店を訪れる。テディベアは初めて見たときと変わらず、真っ黒な瞳で光を反射していた。この雰囲気、やっぱし落ち着く。

 キスは何度かしたけどさ、やっぱりデートとかって必要だと思うなあ。

 カウンター席に座るなり、オレはそう呟いた。聞こえるか聞こえないか位の声だったけれど、彼はちゃんと気付いてくれる。オレの言葉を全部大事に拾ってくれる、そんな彼が大好きだ。







スプーン一杯の砂糖じゃ、とても足りない 3







「今度、俺の家来るか」

「えっ、いいの」

「遠出できない代わりって言うのも変だけど、まあ、デートに入るだろう」

 オレがデートしたいと言ったら、呂佳さんはすぐにそう提案してくれた。もう楽しみすぎる。お菓子もって行こうか、でも遠足じゃないし。どんな部屋だろう、もしかして散らかってたり。
 今日は暑いから、と呂佳さんから出してもらったほんのり甘いアイスコーヒーを口に含む。優しい味がする、なんて言ったら、準さん辺りに惚気てんじゃねえよって小突かれそうだ。

「ねえ、どんな家なの、広い、狭い」

「この店の、あの辺からこっち側くらいまで」

 わあ、ちっさいアパートだね。

 失礼だな、一人暮らだし、お前の一軒家と比べるんじゃねえよ。

 他愛もない話をしていた。ころころ変っていくオレの話に、呂佳さんは笑いながらも付き合ってくれる。優しい人だな、この人と出会えて良かったな、とオレも笑っていた。
 そんな穏やかな時間の中で、一体なぜこんな話題になったのかさっぱりなんだけれど、呂佳さんはさらりと言ったのだ。

「お前なあ、俺にだって、そういう深くない付き合いの奴は一人や、二人」

 いた、けど。

 呂佳さんは饒舌に、それらの言葉を笑いながら紡いでいたが、途中であからさまに「言ってしまった」と言うような表情に変り言葉を濁した。
 オレはそれを聞いて口を開けたまま固まった。そういう深くない付き合いの奴って、だってセフレでしょ。恋人にそれ言っちゃうって、どれだけうっかりさんなの。
 とりあえず相づちを打とうと、スカスカな脳みそを必死に働かせる。

「へ、へえ、そうなんだぁ。大人だねー、呂佳さんってばやるねぇ」

 オレの手の中のアイスコーヒーが温くなり、氷はカランと音を立てた。
 呂佳さんはぎこちない様子で首の汗を拭う。

「何バカなこと言ってんだ。あーなんだ、最近じゃご無沙汰だっての」

 このこのー、なんて言ってみたりするけど、変に上擦ってしまう。
 呂佳さんもオレも、目を逸らしたまま腕を組んだり、指遊びをしてみたりして気まずい空気をやり過ごそうとした。

 多分呂佳さんは、セフレがいたことに対してオレが微妙な表情をしている、と考えているのかもしれない、でもそれは違う。
 セフレがいたとか、そういうのはいいのだ。ぱっと見この人、隠れ遊び人っぽいし、いないわけないよね、とすら思う。過去のことだし、別にダメージはあんまりない。今付き合っているのはオレだし、付き合い始めてからそんな素振りも見なかったから、別に浮気されてるわけじゃないんだろうし。

 ギクシャクする理由はそこじゃない。性欲ぐらいあって当然なのだ、清いお付き合いから、次のステップに踏み出さなくては。付き合っているんだからいずれは通る道だ。つまり、まあいずれ、呂佳さんとオレもそういうことをする、と。
 呂佳さんは男だ、オレも男だ。どうしよう。仮に身体の関係がなくたって、自惚れじゃないけど、呂佳さんはオレのことを好きでいてくれると思う。でも心と身体の相性が良好じゃなきゃ、時間が過ぎたときにどうしたって問題を伴ってくる。ってこの間見た海外ドラマで言ってたし。
 あもり考えないようにしていた重大な問題点が、妙に現実味を帯びた。

 気付けば、無言の時間が5分も続いていた。無意識に啜っていたコーヒーは氷までもがなくなり、空になっている。呂佳さんは無表情で白いマグカップを拭いていた。

「あ、さっきの家に遊びに行く話なんだけど、いつにしようかな」

「できれば定休日だと助かる」

 無理やり話題をそらしたが、呂佳さんはその点には触れずに返事をした。よく見ると冷や汗をかいているよだ。元カノの一件でオレが泣いたこともあって、女関係の話をできるだけ出したくなかったのかもしれない。

「定休日っていつだっけ」

「今度の土日。土曜日は午前中だけ開くから、その午後とか」

 土曜か。練習入ってたら、遊びに行くのはまた後日かなー。
 通学バッグから引っ張り出した野球部の練習日程表は、端が少しぐしゃっとなっていた。手でその箇所を直しながら、目で日程をたどり気付く。

「連休じゃん。しかもグラウンド整備で練習休みだ」

 あれ、連休ってことは。

「呂佳さん、オレそのまま一泊してもいいかな。ラブラブー、なんちゃって」

 頭に浮かんだ提案をそのまますらすら言葉にすると、呂佳さんがぎょっとしたようにオレを見て間抜けな声を発した。

「お、まえ」

「え」

「いや、お前、何考えてんの。察してくれてんの、違うの」

 え、何々どうしたの呂佳さん。何が言いたいのかさっぱりなんだけど。

「いや別に、何も考えてないよ」

 そう言うと、ガックリという形容がまさに的確に彼を表してくれた。ですよねー、なんて声とともに盛大なため息を吐かれる。

「ちょっとでも深読みした俺がアホだった」

 まあ、泊まりにくるんなら、ちゃんと着替え持って来いよ。

 恋人に向かってなおもため息を吐き続ける様子に、ちょっと腹がたった。

「深読みって、何を深読みしたのさ」

 ふて腐れてみたら、苦笑されて掠めるだけのキスをされた。

「自分で考えれば。りおーちゃん」






 家に帰ってから一人で黙々と進めるお泊りセット作り。カレンダーの土曜日の位置には「12時に喫茶店」と書き込んだ。もうばっちりだと、ほっと一息吐くと、どうしても思い出してしまうのは呂佳さんの不自然な態度。
 そんな感じで次の日も、授業中にずっと考えていたのは、呂佳さんが発した「深読み」の意味についてだった。朝練の後の2時間連続体育は辛い。けど、その間もふと呂佳さんのことが頭に浮かぶし、その次の時間は数学でよくわかんなかったから居眠りを交えながらだったけど、もうかれこれトータル1限分はそれについて考えている、今は4時間目だ。でもさっぱりわからない。ていうか呂佳さん最近挙動不審だな、なんて思考がずれていく。
 先生が机の間を歩き始めたので、ノートの端に落書きをすることで勉強しているふりをしてみる。

 呂佳さん、と小さく書いて隣に矢印。誰も見てないから調子に乗って次に恋人、おまけにハートなんか書いてしまって、勝手に頬が熱くなる。
 呂佳さん→恋人v→デート→呂佳さん家→二人きり→ラブラブ→。
 その次に「お泊り」と書こうとして、オレはぎょっとした。もしやコレは。

「もしや一線越えちゃう感じだったり」

 思わず口に出てしまった言葉は、小さすぎて誰の元にも届かなかった。というか、聞こえたらまずいんだけど。
 オレ、とんでもないことを呂佳さんに言っちゃったんじゃないだろうか。






 昼休み、お菓子をたかりに和さんのクラスに行くと、もはや当たり前というか準さんがいた。仮にも先輩のその人は、オレを見るなりあからさまに顔をしかめて和さんの腕を引っ張った。

「和さーん、利央が気持ち悪い」

 準さんにからかわれているだけとわかってはいても、なんとなくこの表情はむかつく。すかさず和さんの反対側の腕を引っ張り、優しい先輩に訴える。

「和さーん、準サンが苛めるー」

「お前、誰に断って和さんの腕触ってんだよ、離せ」

「誰に断ってっていうか、これ俺の腕なんだけどな、準太」

 すぐに準さんに離された。和さんは苦笑しつつ、でもまんざらでもなさそうで、呂佳さんともこういう自然なスキンシップができるようになりたいな、なんて考えたら、また準さんに気持ち悪いと言われた。

「まあまあ、聞いてよ二人とも」

 何かあったのか、と聞き返してくれる和さん。無視して炭酸を一気飲みしようとする準さん。なんだよこの違い、もう準さんなんて知るもんか。

「オレね、今度の連休に一線越えちゃうかもしれない」

「うん?」
「うぐっ、ごほっ」

 噎せる準さんの背中を擦る和さん。ざまあみろ、人のこと無視しようとするからだもんね。

「え、何、りおっ」

 涙目で、準さんが声を詰まらせた。その続きを和さんが言った。

「利央、彼女いたのか」

「うーん、彼氏なんだけど」

「男同士って、ちょっと和さん聞きましたか、もうコイツはダメっすよ」

 豪快に笑う準さんを見ながらオレは思った。
 人の事笑う前に、和さんに抱きついているその体勢をやめたらどうだろう。






 こんな感じで一人悶々と悩みながら、しかし土曜日はやって来てしまうのだ。お泊り道具をリュックにつめて、オレはまだ営業中の喫茶店へと足を踏み入れた。









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あきゅろす。
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