short あなたとタブー ※利央が冷静 ※呂佳がとても格好悪い ※ギャグ風味、そんな呂(→←)利 ちゅーっと、音が鳴る幼いキスは一度きりで、あれから何年も経つ今も、彼は何もしようとはしないのだ。ガキなんだから、涙が止まるおまじないだよ、とか適当に言えばそれで済んだ話なのに、兄ちゃんは直球だった。 俺はお前が好きだからこういうことをするんだ、わかったな。 それはまだ小学生の兄ちゃんが言った、年にそぐわぬ男前な台詞。男前な台詞っていうか、兄ちゃんが男前だったのってこの瞬間だけかもしれない。だって今は傍若無人な図体でかいだけの人だし。 でも、その言葉は紛れもない告白の言葉だった。 なんだけど、よく考えたら。 「なんか犯罪じゃない?」 あなたとタブー なんか犯罪じゃない、と声をかけながら兄ちゃんの部屋をノックした。返事はないけど、部屋にいるのはわかっている。リビングでは母さんが夕食の準備中だし、トイレでも風呂でもなければここしかない、ここしかないけど出でこない。 「なんか、犯罪じゃない」 仕方ないから今度は、先ほどよりも大きな声を出した。それに比例してドアを叩く力も強くなる。 聞こえていないのか、無視しているのか、兄ちゃんは返事すらしない。高校生バカにしないでよ、ドアぐらい蹴破れるんだぞ、いや、やったことないからわかんないけど多分。そんな想いを込めて、オレはちょっと叫び気味に先ほどの言葉を繰り返した。 「なぁーんかー、犯ざ」 血管を浮き上がらせたしかめっ面が現れ、急に伸びた手がオレの口を塞いだ。 「黙れ今すぐその息の根止めてやろうか」 相当苛立っているようだったので、また出直そうかなと考えたのだが、無理やり部屋の中に引っ張り込まれてそれは叶わなかった。どこに座れとも言われなかったので、兄ちゃんの勉強イスの背もたれを前にして座る。兄ちゃんは、ベッドに寝転がり読みかけのマンガをぱらぱら捲りながら言った。 「で、用件は」 「あ、うん」 目ぐらい合わせたらどう、なんてまさかこの人に言えるはずないので、とりあえず本題を告げた。 「昔さ、兄ちゃんオレに好きって言ったでしょ」 「忘れた」 そんなことを平然と言うので、オレは彼の手からマンガを奪い取った。直後、殴られた。すごく痛いけど、返すものか、っていうかコレ良く見たらオレのじゃん、この人どこまで傍若無人なの。 「色々言っても、兄ちゃん揚げ足取るだけだろうから端折るね。ざっくり言うと、なんか犯罪じゃない」 「端折りすぎ、ざっくりすぎ、お前バカじゃない」 ていうか、今更かよ。 兄ちゃんは枕に顔を埋めてそう言った。今更かよ、と言いたいのは正直こちらのほうだというのに、自分ばっかり被害者ぶる。 「兄ちゃんのそーゆーとこキライなんだけど、これから恋人として付き合う上で、直していって欲しいんだよね」 言い終えると同時に、バッと兄ちゃんが顔をあげるものだから、びっくりしてしまった。その間抜け面、携帯の待ち受けにして爆笑したい。 は、とか、え、なんてぶつぶつ呟く兄ちゃんは、ちょっと気持ち悪かった。 「え、何、お前俺の事好きなのかよ」 裏返った声が、さっきの気持ち悪さよりも一段階上くらいな感じで、気持ち悪い。思わず顔をしかめて、でもちゃんと返事をした。 「まあ。そこそこ」 そこそこの愛情って、これ喜んでいいのかと兄ちゃんはまた枕に顔を伏せた。なんでうじうじしているんだろう。なんか苛々してきたので、枕も没収する。兄ちゃんはまた腕を振ったが、オレは華麗に避けてやった。このままでは話が終わらないので、話を再開させる。 「付き合う上でさあ、いくつか問題があるんだよね」 「ありすぎだろ」 「でもオレの事好きなんでしょ、違うの」 「違う違わない以前の問題だ」 兄ちゃんは苦しそうな顔でオレの肩をがっしり掴んで、搾り出すような声で言った。 「期待させんじゃねえよ、どうせ上手くいかないって事くらいわかるだろ」 兄ちゃんの涙目の顔は、破壊力があった。かわいいとか、そういうことじゃない、とにかく恐すぎる。ああ、鳥肌が。 「もう忘れてくれ、そんな昔の事」 え、なんかダサい。しおらしい兄ちゃんの様子を見ていたら、噴き出したくなった。堪えきれずに肩が震える。せめて声は堪えなくては、とオレは顔を隠すように手で覆った。やばい、涙出てきた。もう笑っちゃっていいだろうか。別に人でなしじゃないつもりだけど、真剣なんだろうなあと、わかってはいるけど笑いたい。だってさあ。 「でもさ、好きなら、良いんじゃない、かな」 しまった、声が変に固まってる。人が真剣に喋ってんのに笑うな、と怒られるのでは。そう思って彼に背を向けて、しかし肩の震えは止まらない。 すると、いきなり兄ちゃんに後ろから抱きしめられた。 「利央、お前」 殴られるかな、と身構えたら兄ちゃんはこんなことを言った。 「泣くほど俺のことを好きなのか」 「え」 いやいや、泣いてない、笑ってただけだし。それに、さっきそこそこって言ったじゃん。 「そうか、そうなのか」 兄ちゃん、ちゃんとオレの顔見て。多分ものすごい微妙な表情してると思うんだけど。 「それなら、もう何も問題ないな。利央、好きだ」 あー。まあ、いいか。 「うん、そっか。オレもだよ」 兄ちゃんは照れているのか、にやにやしている。やばいぞ、気持ち悪い。 それでもなぜだか、離れようとは思わないのだから不思議だ。 でもかっこ悪いよ、兄ちゃん。 「ねえ兄ちゃん」 「なんだ」 「オレね、多分目の前の人が兄ちゃんじゃなかったら、殴って逃げてると思うんだよね」 兄ちゃんの顔がピシッと固まる。 「だから、早く男前な兄ちゃんになって欲しいんだけど」 これでわかってくれるだろうか。 タブーに踏み出すのはまだ時間がかかりそうで、それが残念でたまらないんだけど、って。 end [*前へ][次へ#] [戻る] |